ミャンマーでは、3年前にクーデターを起こした軍と、自由と民主主義を求める若者たちの戦いが今も続いています。ここにきて、民主派が優勢に戦いを進めているとの報道もあります。「報道特集」が3年にわたって取材してきた最前線の若者たちの表情や、話しぶりにも変化が見えました。

ミャンマー 民主化求める戦い、戦況に大きな“変化”

楽隊の音楽とともに軍人に先導されているのは徴兵された若者たちだ。ミャンマーの軍事政権は2024年2月、突如18歳以上の男女を対象とする「徴兵制」の実施を発表した。徴兵制が突然実施された背景には、兵士不足があるとみられ、軍の焦りが感じられる。

3年前のミャンマー軍によるクーデター以降、自由と民主主義を求める若者たちは、武器をとり戦ってきた。軍事力の面ではミャンマー軍が有利とみられたが、ここに来て戦況に大きな変化が見え始めたという。

2024年2月1日、東京・品川。

日下部正樹キャスター
「ミャンマーの軍事クーデターから3年です。日本ではニュースでもあまり取り上げられることがなくなりましたが、ミャンマーの人たちにとって決して忘れることはできないことです。都内のミャンマー大使館前にも、多くの日本に住むミャンマーの人たちが集まって、軍事政権に対する抗議の声を上げています」

2024年も大使館前には、在日ミャンマー人のウィン・チョウさんと妻のマティダさんの姿があった。クーデター以降、2人はさまざまな形で、日本からミャンマーの民主化を訴え続けてきた。

ウィン・チョウさん
「この3年間は私の人生では長かったかなという感じはします。今まで35年間、闘ってきたけど、その中でこの3年が一番長かった、一番辛かった」

2人はミャンマーの民主化に生涯を捧げてきた。1988年、学生だったウィン・チョウさんは、民主化運動に参加し、拘束された。

軍の弾圧から逃れるために35年前に来日し、同じように逃れてきたマティダさんと日本で結婚した。

マティダさん
「私たちの次の世代も大変になって、命を落としている。もう終わりにさせたい。この闘いに私たちは早く勝利しなければならない」

2016年にアウン・サン・スー・チー氏の主導で民主政権が誕生して以来、ミャンマーは着実に民主化の道を歩んできた。

しかし、2021年2月1日、ミャンマー軍はクーデターによって全権を掌握。民主政権は崩壊した。

軍によるクーデターから3年あまり。民主化を求める若者たちは、「PDF=国民防衛隊」と呼ばれる軍事組織を結成し、少数民族の武装組織とも連携を取りながら戦ってきた。多くの若者が、武器を手にするのは初めてだった。

その戦場で大きな変化が起きていた。2023年10月27日、「1027作戦」と呼ばれる一斉攻撃をきっかけに、民主派側が地方にある軍の拠点を相次いで占拠。

軍から奪った大量の武器を使って、攻勢を強めているというのだ。

「今は逆に私たちの方が攻めるように」戦場に3年 若者たちの変化

最前線の動きはどうなっているのか、連絡を取ってきた3人の若者は、いまどんな状況におかれているのか。ウィン・チョウさん、マティダさんを訪ねました。

2人はSNS等を駆使して若者たちを物心両面で支えています。「日本のおとうさんとおかあさん」、2人は若者たちにこう呼ばれています。

最初に連絡が取れたのは、いつも冷静なピ・トゥ・トェイさん(25)。ドローン部隊のリーダーです。驚いたのはネット環境がこの3年で数段、改善された事です。

ピ・トゥ・トェイさん
「ネットを使っている人が少ないから、接続状況が良くなっている」

画面にあどけなさが残る女性が映り込みました。彼女はドローン部隊の経理を担当する19歳の女性。16歳の時から行動を共にしています。

マティダさん
「日本の口紅使ったことないので欲しいと言ってた」

3年間、彼らと連絡を取ってきましたが、こんな和やかな会話は初めてです。戦闘を有利に進めているという自信の表れでしょうか。

ピ・トゥ・トェイさん
「最初は戦闘でドローンを使えることも知らなかったが、今はうまく使えるようになった。以前は軍から攻められる一方だったが、今は逆に私たちの方が攻めるようになった」

ピ・トゥ・トェイさんの話を裏付けるような映像があります。

民主派側
「皆さんは包囲されています。私たちは撃つこともできるが、撃ちません。門まで出てきて下さい。何もしませんから、保証します」

これはPDF=国民防衛隊(民主派)が軍を包囲した時の様子です。呼びかけに応じて、負傷した軍の兵士たちが次々と投降します。

軍の部隊のリーダー
「私の部隊には85人の兵士がいた。私を含め、けが人ばかりで無傷の人は3人ぐらいしか残っていない。考える時間を30分間与えられたが、応援も何も来ないので部下たちのことを考えて投降した」

軍の部隊から脱走する兵士も増えています。

脱走兵が軍に電話をかけ、「もう部隊には戻らない」と伝えると…

軍の上司「どこにいるんですか?」
脱走兵「場所を教えることはできない。自由な場所です」
軍の上司「何を悩んでいるんですか?」
脱走兵「自由になりたい。国民に暴力を振るうのはもう沢山だ」

若者たちが払った代償「感情が鈍ってきている」

連絡をとっている3人の若者の中で、最も気がかりだったのがアウンカさん(26)です。

2023年5月、戦闘中に大けがをしていました。

日下部キャスター
「けがをした足の状態はどうですか?」

アウンカさん
「骨はつきましたが、周囲の筋や神経がまだ元に戻らず、走ることも歩くこともあまりできない」 

日下部キャスター
「最前線に立つのは難しい状態ですね」

アウンカさん
「1~2回、前線に行ったが、足が思い通り動かないので今は休んでいる。前線に行きたい。今の状態は情けない」

悔しさを滲ませるアウンカさん。いまは新たな任務にあたっています。

アウンカさん
「新人が来ている。軍の徴兵から逃れて、こちらに入隊したいという人が来ている。彼らの訓練や管理、食料の調達をしている」

徴兵を逃れた若者が、続々と集まってきているのです。

アウンカさん
「(PDFの)他の地域の部隊にも新人がたくさん来ている。徴兵から逃げられないように軍が検問をしているが、それを突破してきた」

部隊によっては、千人規模の若者が新たに入隊しているといいます。新人たちは40日間の軍事訓練を受けます。部隊の士気はあがり、アウンカさんが得意の歌を披露することもあります。

アウンカさん
「今、僕たちは勝利を目前にしている。軍の方が逃げ隠れするようになった。僕たちが(軍を)追い詰めている、市街戦でも勝利を収めている」

軍との戦いに自信を覗かせるアウンカさん。ただ、この3年間に若者たちが払った代償も大きいものでした。

アウンカさん
「感情が鈍ってきている。身近な仲間が命を落とすことも増えたが、泣くことができなくなった。この3年間で戦いに参加しているみんなが心に傷を抱えている。みんな3年間辛いことを経験しているので、感情が鈍っている。軍は徴兵した市民に軍服を着せ、僕たちと戦わせようとしている。僕たちはこれ以上、人を殺したくない」

この3年あまりで、民主派の若者や市民など5098人が命を落としています。(人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」公表・17日時点)

軍は徴兵制を実施 若者たちの「判断」は

看護学生からPDFに加わり、最前線で活動を続けるイモンさん(24)。3年経ってもイモンさんの笑顔は変わりません。

イモンさん
「私は医療チームだが、今は80人以上の新人が来ているので、みんなの食料や靴、帽子、ベルトやリュックサック、全ての備品を揃えるのが大変」

イモンさんの部隊にも多くの若者が集まってきているようです。軍の徴兵制で若者たちは、ひとつの判断を迫られました。

イモンさん
「軍に入るか、PDFに入るか。死ぬくらいなら私たちと一緒に戦う、そう覚悟してたくさんの新人が入ってきた」

イモンさんは今、医療班のリーダーとして新人の教育にもあたっています。

イモンさん
「新人の中に医療に興味を持っている人がいるので、応急処置のやり方などを教えている」
日下部キャスター
「じゃあ今は先生なんですね、偉くなったんですね」
イモンさん
「持ち上げないでください。調子に乗るから」

笑顔とは裏腹に、戦場の生活では常に緊張を強いられているようです。

イモンさん
「ここには安全と言える場所はない。軍のスパイがいるかもしれない」
日下部キャスター
「スパイが入ってきている可能性もあるんだ」
イモンさん
「たくさんいます」
日下部キャスター
「心が落ち着かないですね」
イモンさん
「私は部隊で一番疑い深い人間ですね」

戦場は時に若者たちに感情を押し殺す事を求めますが…

イモンさん
「3年経ったが、他の仲間みたいにもう泣けなくなった。心が強くなったということはない」

イモンさん
「涙が出なくなったということもない」
マティダさん
「泣かないで」

そんな戦場にあって、イモンさんに励みとなる出来事がありました。

イモンさん
「弟が部隊に来たことです。血が繋がっている人が一人いるだけで自分の家にいるようです。嬉しいです。弟が来てから嬉しくてたまらない」

その弟もこの日、最前線に向かいました。「心配でしょ?」、そう尋ねると、「弟だけでなく、前線のみんなのことが心配です」とリーダーらしい答えが返ってきました。

3人の若者と頻繁にやりとりをしているウィン・チョウさんとマティダさんは、彼らの変化をこう話します。

ウィン・チョウさん
「1年目の時は彼らは、軍に対して心配しているという顔と、疲れている顔をしていたが、今年3年になって、みんな強くなって、自信を持っていて明るくなっていて、(勝利は)もう俺たちだというのが出てきた」

マティダさん
「でも、子どもたちを見ているとかわいそうに思う。なぜ国の若い子たちが武器を持って戦わないといけないのか。早く軍も目を覚ましてやめてほしい。軍もビルマ人でしょ」

クーデター以降、ミャンマーに戻ることができないウィン・チョウさんとマティダさん。2人は日本の支援者とも協力し、ミャンマーの若者や避難民へ生活物資を送るなど支援を続けている。

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