「胸の痛みと手をつないで明日を迎えよう」。心がめげそうな時、亀本智代さん（48）は2人組ロックユニット「B’z」のボーカル稲葉浩志さんが歌う「Wonderful Opportunity」に何度も励まされた。約1年半前、B’zのコンセプトバーを開き、20年来の夢をかなえた。今は店に集まるB’zファンとにぎやかに楽しみ、時にしんみりと語り合う日々。その心によぎる思いは――。
広島市中区の繁華街・流川の一角に店はある。B’zのグッズが並ぶ店内でひときわ目を引くのは稲葉さんの等身大の壁紙だ。店名は「BAR178（いなば）」、店では「ママ・稲葉智代」と名乗る。
カウンターとテーブルの約20席。紹介制をとっているため、客の多くが常連の顔見知り。1988年のデビュー以来、積み重ねてきた曲が次々と流れ、グラスを片手に口ずさんだり、B’z愛を語り合ったりして楽しんでいる。
智代ママは笑顔を絶やさず見守り、一緒に熱唱すると「もっと腹から声出しんしゃいよ」と発破をかけて盛り上げてくれる。悩みを打ち明ければ、明日も頑張ろうと気持ちが切り替わるアドバイスをくれる。「エネルギッシュで常に気配りの人。落ち込んでいる客を盛り上げる才能は本当にすごい」と男性スタッフ（48）は言う。
智代ママが初めてB’zに触れたのは中学生の時だった。ブラウン管に映る稲葉さんは「笑顔がチャーミング。歌う時は一転して真剣なまなざしになるのがかっこよかった」。一目ぼれだった。感情の機微を繊細に描く歌詞と歌声、ギタリスト松本孝弘さんが奏でるメロディーにどんどんひかれ、テレビの歌番組はラジカセで録音した。小遣いをためて5万円のCDコンポとアルバム「RISKY」を買い、すり切れるほど聴いた。
未婚で娘出産、働き詰めに
20代になり、広島市内のクラブでホステスとして働いた。はつらつとした性格は接客業向き。「いつかは自分の店を持ちたい」と思うようになった。思い浮かべたのはラウンジやクラブはなく「B’zバー」。ささやかな夢だけど大きな目標になった。
2007年9月、シングルマザーとして生きる決意をして娘を出産した。午前7時に娘を保育園に預け、弁当屋で午後2時まで勤務。娘を迎えに行き、川沿いでおやつを一緒に食べた。寝かしつけてから、午後8時から午前1時まで、スナックで働いた。「手に職をつけよう」と看護師を目指して通信制高校にも入った。
3歳になった娘がまばたきを何度も繰り返し、眼科に連れて行くと、医者からストレスが原因ではないかと指摘された。「さみしい思いをさせた」「愛情が足りていなかったのかな」。そう思うと涙が止まらなかった。
その頃、心の支えとなってくれたのは亀本徹さん（64）。音楽の趣味は全く合わなかったが、自分と同じく独り身で子育てする姿に尊敬の念を抱き「大恋愛じゃないけど『この人と結婚したい』と思えた」。
徹さんは「全て面倒見るから結婚しようよ」とプロポーズ。2010年に結婚し、12年3月に息子が生まれた。
息子の知的障害も受け入れ
「保育園に預けられる年齢になったら店を開けよう」。店を持つ夢を改めて考えるようになったころ、息子の軽度の知的障害が判明した。ショックではあったが「腹を痛めて産んだかわいい息子。個性として捉えよう」。決意が固まった。
「一般的な家庭は子どもにアンパンマンを見せるけど、うちはB’zのライブ映像を流す」と子育てもB’zひと筋。息子が「そしてかがやくウルトラソウル」と笑顔でたどたどしく歌う姿がいとおしかった。
スーパーに連れて行くと売り場の総菜を手でつかんで食べたり、背負ったランドセルを通学路に置いて登校したりしたが、成長も感じた。カッとなり手をあげそうになった時、「お母さん、この手は抱きしめるための手だよ」と言った息子に涙があふれた。一人で泣かずに眠れるようになったことで、店を開く踏ん切りがついた。
「いつか2人に来店を」
開店日は稲葉さんの誕生日に合わせ2022年9月23日。「念願がかない素直にうれしかった」
店に立つときのユニホームは、ドレスやハイヒールではなくB’zのTシャツ。気取らないその姿に、中学生で出会った「初恋の人」へのいちずな思いがあふれる。
「楽しいときも辛いときもB’zがそばにいてくれた。B’zは私の人生」。次に思い浮かべる夢は「いつの日か2人に来店してもらう」こと。店に集うファンとその日が訪れるのを心待ちにしている。
営業は午後8時～午前1時。日曜定休。インスタグラム（steak＿toru）。【安徳祐】
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