乳がんの手術痕などを覆う入浴着「バスタイムトップス」=GSIクレオス提供

 温泉に入るときに着用する「入浴着」をご存じですか――。

 乳がんなどの手術の傷痕を覆い、ほかの客の目も気にせずに温泉や公衆浴場を楽しめる肌着が「入浴着」。繊維専門商社「GSIクレオス」(東京都港区)がアンケート調査で尋ねたところ、20歳以上の女性の8割が「知らない、見たことがない」と回答した。

 10月は乳がんへの意識を高める「ピンクリボン月間」。この際、「入浴着」についても知っておきたい。

傷痕を見せず 心の負担も軽く

 乳がんは日本人女性の9人に1人がかかるとされる。乳房を切除する手術を受け、耐え難い苦しみを感じる女性も多い。

入浴着を着た人への理解を訴える厚生労働省のポスター=厚労省ホームページより

 手術前には当たり前に楽しめていた温泉や公衆浴場から足が遠のくケースもある。

 しかし、入浴着を着ていれば、手術痕を隠せ、精神的負担を軽くできる。

 GSIクレオスは畿央大(奈良県)の村田浩子教授と共に使い捨ての入浴着「バスタイムトップス」を開発し、2021年10月に商品化した。これまでに約3万5000枚を売り上げた。

 胸の上部にはギャザーが施されている。片方の乳房を切除されていても、左右の胸がバランスよく見えるようにするためだ。

 背面はV字形に開き、着たまま背中を洗える。衛生面を考慮して使い捨てにした。1枚の価格はトップスが495円、ボトムス695円、ワンピース880円。

手術経験者の間でも低い認知度

 GSIクレオスは9月、全国の20歳以上の女性1416人にアンケート調査し、入浴着の認知度や使用経験を調べた。うち乳がん経験者は1176人で、乳房切除などの外科治療を受けた人は946人。乳がんの経験がない女性は240人だった。

 「入浴着を知っているか。公衆浴場で着用している人を見たことがあるか」を乳がん経験のない240人に尋ねたところ、81・7%が「知らない、見たことがない」と答えた。

 一方、乳がんの外科治療を受けた946人のうちから無作為に選んだ242人に同様の質問をしたところ、「知らない、使ったことがない」と答えた人は72・7%。乳がん経験者の間でも入浴着の認知が広まっていなかった。

周知不足の問題

 入浴着の認知度はなぜ高まらないのか。

 厚生労働省は22年12月、47都道府県、東京23区、保健所を設置する87市を対象に「公衆浴場法及び旅館業法の適用を受ける入浴施設における入浴着を着用した入浴に係る調査」を実施した。乳がん患者の入浴着を着用した入浴について、衛生担当部局が何らかの周知をしているかを尋ねたところ、「行っていない」が67自治体(43%)に上った。

 厚労省は383の浴場や旅館・ホテルも調査した。乳がん患者の入浴着を着用した入浴の可否について「入浴可能」が248(65%)だった一方、「入浴を認めていない」も64(17%)あった。この中には「入浴着着用の入浴の認知度が不足している。認知されれば可」とする事業者もいた。

 「入浴着を着用した入浴が可能であることを周知しているか」との設問に「周知していない」と答えた事業者は163(66%)に上った。行政機関や事業者の周知が不足している面は否めない。

思わぬインバウンド効果

 なかなか認知度が上がらない入浴着だが、コロナ禍後の訪日外国人の急増が思わぬ影響を及ぼしている。

 海外では裸で温泉に入る習慣がない国が多く、水着を着用するのが一般的だ。

 裸のまま他人同士で湯船につかる日本独自の文化に戸惑い、水着で入ったりシャワーで済ませたりする人もいる。そうした外国人観光客の目に留まったのが入浴着だった。

 GSIクレオスによると、外国人観光客からは「水着のような安心感で温泉の癒やしを体験でき感動した」といった声が寄せられたという。

 本来は乳がん手術による傷を気にせず入浴を楽しめるように開発した入浴着だったが、予期せぬインバウンド(訪日外国人)の反応だった。

 GSIクレオスは「インバウンドを狙った展示会などに出展し、入浴着自体の認知度アップにつなげたい」と話している。【畠山嵩】

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