行方が分からなくなっている妻まち子さんの捜索を見守る谷野利一さん=石川県能登町で2024年9月25日午前11時28分、手塚耕一郎撮影

 あの時、後ろを振り返っていればよかった。どうして助けられなかったのか。能登半島を襲った記録的な豪雨で、愛する人は激しい川の水にのみ込まれた。男性は妻に向かって呼びかける。「どこに行ったんだよ」

 石川県能登町の山あいにある北河内地区。谷野利一さん(71)の自宅すぐそばには河内川が流れている。川幅は2メートルほど、いつもは足がつかるくらいの穏やかな流れだった。

 その川は豪雨で一変する。あふれ出た水は辺りの道路を覆った。「ゴー、ザー」。自宅前に茶色く濁った水が迫ってくる。

 「車、ずらしてきて」。妻まち子さん(68)にそう言われた谷野さんは、車を高台に移動させようと近くの駐車場に向かった。

氾濫した河内川で流木を取り除き、行方不明の谷野まち子さんを捜索する消防隊員ら=石川県能登町で2024年9月24日午前10時52分、島袋太輔撮影

 膝の高さにまで達していた川の水。大粒の雨水が体に打ち付け、流木が流れてくるのも見える。「足を取られないか、怖かった。すり足で一歩ずつ進んだ」

 車を移動させると、長女が血相を変えて駆け寄って来た。「お母さんが外に出て、お父さんの後を付いていった。危ないから止めようとしたのに、もうおらんくなっていた」

 すぐに助けを求めたが、住んでいる地区は土砂崩れで道路が寸断され、孤立状態になっていた。濁流にのみこまれた一帯。「もう、どうすることもできなかった」

 まち子さんは地元の病院で働く看護師で、誰からも頼られるベテランだった。60歳で定年を迎えても「残ってほしい」と頼まれ、そのまま働き続けていた。

 1カ月ほど前、谷野さんが田んぼの周りの草を刈っていると、手がしびれ、足にだるさを感じた。まち子さんに話すと、すぐに病院へ連れて行ってくれた。熱中症の疑いと診断され、「これで済んで良かったね」。やさしい言葉をかけてくれた。

孫をあやす谷野まち子さん=谷野利一さん提供

 仕事熱心で、いつも人を思いやってくれたまち子さん。そんな母の姿に憧れたのか、長男は同じ道に進み、長女も介護士として働いている。

 まち子さんは来年70歳を迎え、仕事を辞めることを考えていた。運送会社のドライバーだった谷野さんは朝早くから夜遅くまで働き、夜勤があるまち子さんとは時間が合わないことも少なくなかった。

 「仕事を辞めたら2人でゆっくりしようか」。好きなガーデニングに猫2匹の世話、他愛のない会話。2人の穏やかな時をまた楽しむはずだった。

 でも、庭に植えた紫や赤色のアジサイは跡形もなくなり、2人の思い出すら流されてしまった。

 「こんな別れ方になってしまうのか。あまりにも残酷です。夢にも思わなかった」

 地区内は流木が折り重なり、大雨の爪痕が生々しい。消防隊員らが重機を使ってまち子さんを捜している。両手を握りしめ、その様子を見守る。「早く見つかってほしい」。願うのは一つだけだ。【島袋太輔】

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