東京電力福島第1原発の処理水海洋放出について、中国政府は、開始から1年となる今も「核汚染水」と呼んで批判を続けるが、日本政府とのやり取りの中には微妙な態度の変化も見える。背景には処理水を巡る国際社会の反応が、中国にとっては誤算だったことなどもあるようだ。
「潜在的な汚染リスクを全世界に転嫁している」。中国外務省の報道官は今月7日、通算8回目の放出に対して改めて「極めて無責任」と非難した。ただ、1年前のように放出停止を求める文言はなかった。
中国はここに来て独自のモニタリング(監視)や試料採取を要求している。日本は既に国際原子力機関(IAEA)による監視枠組みを受け入れており、両国間の溝は深い。ただ、中国政府は今年に入って専門家や外務省局長間の協議に応じるようになった。ある日本政府関係者は「中国としてもメンツを保ちながら、振り上げた拳を下ろす場所を探っているのだろう」と分析した。
習近平指導部が強気一辺倒でいられなくなった要因には国際社会の反応を読み違えたことがあるとみられる。中国に同調したのはロシアや北朝鮮、一部の太平洋島しょ国に限られ、韓国や東南アジアなど近隣の政府に対日批判の輪は広がらなかった。
長引く景気停滞の影響も大きい。習指導部は経済の立て直しのため、日本を含む外資の力をより切実に必要とするようになった。日本企業の「中国離れ」が加速しないよう、対日関係の安定を図っている。また、中国側は処理水放出のリスクが「世界」に及ぶと主張しながら、自国の水産業や飲食業が打撃を被り、消費低迷に拍車をかける事態は望んでいない。
一方で、日本産水産物の全面禁輸は早期の解決が困難な情勢だ。中国による日本産食品への規制は今に始まったわけではなく、多くの案件が長期化している。
福島原発事故に伴う東日本10都県への禁輸措置は2011年から続く。畜産物はその前から中国へ輸出できない状態であり、牛肉は01年の牛海綿状脳症(BSE)の発生を理由に20年以上、中国市場から締め出されている。
巨大市場を背景に、中国政府が食品などの輸入規制を外交カードに使い他国に圧力をかけるのは常とう手段の一つだ。オーストラリア産ワインに対する制裁関税撤廃のような事例を見ても、中国側は首脳往来などの重要イベントに絡めて他国への食品規制の解除に動く傾向がある。日中関係においても今後、停滞する首脳往来への道筋をつけられるかどうかが重要になりそうだ。【北京・河津啓介】
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