今夏も子どもたちが命を失う水辺の事故が全国で相次いでいる。愛媛県西条市の加茂川では7月、10歳の女の子が溺れて亡くなった。加茂川では過去にも同様の事故があり、再発防止に奔走してきた同市の関係者に衝撃が走った。【山中宏之】
「ライフジャケットを身に着けていた時の生存率は何%だと思う?」。7月24日午後、西条市総合運動公園プールで市主催のライフジャケット着用体験会が開かれた。「正解は約90%です」。市スポーツ健康課の佐伯昌紀さんの説明に、参加した8人の子どもたちは驚いた様子だった。子どもたちは体の大きさに合ったライフジャケットを選ぶことなども学び、実際に身に着け、プールで使用感を確認した。初めて着用した小学4年の男児は「力を抜いても浮いたので安心できた。川で遊ぶ時は身に着けたい」と話した。体験会は27日までの4日間行われ、計65人が参加した。
加茂川では2012年7月、幼稚園の宿泊保育中に吉川慎之介ちゃん(当時5歳)が流されて亡くなる事故が発生。事故を巡る民事訴訟で18年、「ライフジャケットを着用させる義務があった」として引率した幼稚園側の過失を認定する判決が出た。体験会は「事故を風化させず、二度と起こさせない」との思いから22年に始まり、今年で3回目。同課の塩崎法賢係長は「身に着けていれば助かる命がある。保護者にも重要性を認識してもらって積極的な着用を子どもに勧めてほしい」と語る。
警察庁のまとめでは、19~23年の7~8月に水難事故で死亡または行方不明になった中学生以下の子どもは計71人に上った。発生場所は河川が最多で、半数を超える37人が事故に遭った。
子どもたちの命を守ろうとする活動は行政だけではない。慎之介ちゃんの事故後、同級生やその保護者ら約15人は市内で定期的に啓発イベントなどを開催し、18年からは市民団体「Love&Safetyさいじょう」として活動を続ける。メンバーの一人、新名(しんみょう)直子さんは「重大事故ゼロを目指してライフジャケット着用が当たり前になるように声を上げ続けたい」と力を込める。
原点は助けられなかった無念
現在、加茂川の近くでアウトドアショップを経営する久保一平さん(52)もメンバーの一人だ。慎之介ちゃんの事故当時、近くのキャンプ場職員だった久保さんは現場に居合わせ、人工呼吸をするなど救助にあたった。助けられなかった無念、不幸な事故をなくしたいとの思いが活動の原点にある。21年夏には加茂川の危険箇所やライフジャケット着用の大切さをイラスト付きでまとめた「加茂川マップ」を作成。市内の学校を中心にライフジャケットの体験授業なども行っている。
活動を続ける中でこの夏、また悲劇が起きた。「悔しいが、発信し続けるしかない」と久保さん。夏休みに入る前に子どもらに改めて周知してもらおうと、久保さんと新名さんは事故2日後の7月9日、「加茂川マップ」8500枚を西条市教育委員会に寄贈。市教委は同11日、久保さんを講師に招いて臨時の校長会を開いた。
久保さんは市立の全35小中学校の校長らを前に、加茂川の特徴や危険性、保護者らの見守りの重要性を説いた。14年7月に高校生2人が立て続けに亡くなった事故にも触れ、「人が亡くなった事実を伝えると、子どもたちは自分事として真剣に聞いてくれる。(備えがなければ)簡単に死ぬ場所だと伝えてほしい」などと訴えた。1955年に瀬戸内海で起きた旧国鉄宇高連絡船「紫雲丸」の沈没事故で修学旅行中の児童ら30人が犠牲となった同市立庄内小の越智和生校長は「命を守るためにどうすればよいかを考えてもらう教育を進めていきたい」と決意を新たにした。
不慣れな場所では注意を
7月の事故で亡くなった女の子は加茂川が流れる愛媛県西条市に隣接する新居浜市から遊びに来ていた。夏休み中は遠出して勝手が分からない水辺で遊ぶ機会も多い。市外から訪れる人への危険性周知も課題の一つだ。
加茂川を管理する愛媛県は8月中旬、現場付近に「死亡事故多発」「ライフジャケット着用」などと書かれた看板2枚(縦1・2メートル、横1・7メートル)を新たに設置した。1枚には加茂川マップも載せた。県東予地方局の担当者は「特に市外の方への周知には看板を新設するのが効果的だと考えた」と話す。加茂川は急に深くなったり流れが変わったりする危険な箇所がある。西条市教委の担当者は「正しく水をおそれて、注意して利用してもらいたい」と呼びかける。
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