広島、長崎への原爆投下から79年がたち、被爆者の減少や高齢化が進む中、その証言を引き継いで伝えようとする動きが広がっている。活動に取り組む人の中には10~20代も。第二次世界大戦から半世紀以上たって生まれた若い世代がなぜ原爆の話を語ろうと思ったのか――。
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「今日、私は中村一俊さんという方の被爆体験をお話しします。中村さんの話を通して、『平和って何だろう?』『戦争って何だろう?』ということを、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています」
長崎原爆の日の9日、看護師の荒木千尋さん(29)=佐賀県唐津市=は長崎県松浦市の小学校で児童ら約50人を前にこう語り始めた。この日、伝えたのは2022年に88歳で亡くなった中村一俊さんの体験だ。
荒木さんが戦争や平和について意識し始めたのは小学校低学年の頃。教室の後ろにあった原爆の本をふと手に取り、ページをめくると、黒焦げになった人間の写真が目に飛び込んできた。「怖い」。すぐに本を閉じた。それ以降、戦争や自衛隊の海外派遣などのニュースがテレビで流れると目を背けるようになった。
「怖いから嫌だ」という気持ちは、自身の成長につれて「怖いからこそ繰り返してはいけない」という考えに変わった。高校生の時には戦争や平和について学べる大学への進学も考えた。両親の思いなどもあり、佐賀県内の看護学校に進み、看護師になったが、「このまま何もしなくていいのかな」という思いがくすぶった。
仕事に慣れ始めた19年、長崎市の「青少年ピースボランティア」の活動に参加した。そこで、被爆者の体験を語り継ぐ「交流証言者」を長崎市が育成していることを知った。すぐに応募し、19年9月に被爆者との交流会に参加。出会ったのが中村さんだった。
中村さんは11歳の時に爆心地から約1・5キロの農家で被爆。母は直前に別れ、爆心地に近い自宅へ向かったまま行方が分からなくなった。中村さんは荒木さんに「いつか母が帰ってくるんじゃないか」と思い続けてきたことや、瀕死(ひんし)の少年に水をやれなかった後悔などを赤裸々に語った。荒木さんは「涙がボロボロと出てきて、絶対に中村さんの話を引き継ぎたいと思った」と振り返る。
しかし、直接話を聞けたのはその時を含め3回だけとなった。新型コロナウイルスの流行後、佐賀県の医療機関のコロナ病棟で勤務していた荒木さんは自由に県外に出られなくなった。その間に中村さんは入退院を繰り返し、亡くなった。
中村さんとの出会いから4年半。荒木さんは24年5月に交流証言者としての活動を始めた。中村さんは生前、「原爆が私たちの子どもや孫、次の世代に落ちないという保証はないんです」と語っていた。
荒木さんは思う。「中村さんの体験や思いを受け継ぎ、私自身の言葉で戦争の恐ろしさや平和の尊さを伝えていく。それが今の私にできる平和への一歩だ」
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長崎純心大(長崎市)2年の松山咲さん(19)は14歳の時に交流証言者としての活動を始めた。長崎で6歳の時に被爆した池田道明さん(85)=長崎県長与町=の体験を語っている。
高校生になれば、核兵器廃絶を訴える「高校生平和大使」の活動に参加しようと思っていた。「それまでにできること」として交流証言者に応募した。応募者との交流会で出会った池田さんは被爆体験を語らず、趣味のことを話し続けた。思っていた「被爆者」像とは違い、「可愛いおじいちゃんだな」と感じた。親近感が湧き、「証言を引き継いで伝えたい」と思った。
80年近く前の被爆体験がどうすれば伝わるか、試行錯誤の連続だ。県外の学生に話すことも多いが、被爆地に比べて原爆について学ぶ機会が少ないと感じる。池田さんの体験を話す前にまず原爆について解説したり、クイズを取り入れたり……。最近はロシアのウクライナ侵攻に触れるなど、現在の世界情勢を交えて話すこともある。
池田さんからは「あなた自身の思いも一緒に伝えてほしい」と言われた。世界ではいまだ争いが絶えない。松山さんは「『平和って何か』『核兵器はいるのか』と考えたり調べたりするだけで十分、平和活動になる。平和活動のハードルを下げていくのが自分の役目だ」と信じ、池田さんの証言を語り続けていく。【日向米華】
交流証言者
被爆者の減少や高齢化が進む中、長崎市は2014年度に被爆者の子や孫が証言を引き継ぐ「家族証言者」、16年度に家族以外の第三者が引き継ぐ「交流証言者」の募集を開始した。24年7月末時点で、19~82歳の54人が証言活動をしている。
市から委託を受けた長崎平和推進協会が証言者の育成や派遣を担当する。交流証言者として活動したい人は被爆者との交流会などを通して、誰の体験を引き継ぐかを決める。被爆体験の聞き取りや研修を経て、長崎原爆資料館で3回の講話を重ねると、外部での講話も可能となる。
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