「脱・コロナ」が定着し、訪日外国人客(インバウンド)もかつての勢いを取り戻している。行き先は、温泉や神社仏閣といった定番の観光名所にとどまらない。「ものづくり」が強みの日本ならでのスポットが人気を集めている。【太田圭介】
中京圏の大手私鉄・名古屋鉄道の名鉄名古屋駅(名古屋市中村区)から1駅の栄生駅(同市西区)から徒歩数分。目の前に現れるレンガ造りにノコギリ屋根のクラシックな建物が「トヨタ産業技術記念館」(同市西区則武新町4)だ。
同記念館はトヨタ自動車とトヨタグループの祖業である織機製造会社の歴史を紹介する博物館である。グループ創始者の豊田佐吉(1867~1930)が1911年に設立した豊田自動織布工場(18年に豊田紡織に改組)をそのまま使い、94年6月に開館した。2007年には日本の近代化を支えた建造物として、経済産業省から「近代化産業遺産」に認定されている。
主要施設の「自動車館」では、佐吉の長男でトヨタ自動車を創業した豊田喜一郎(1894~1952)とその同志たちが、困難に直面しながらも世界に通用する自動車を開発していく過程を実際の車体を展示するなどして解説している。
インバウンド一番のお気に入り
自動車館には、自動車開発の草創期に作られた小型エンジンや試作車の木型、クラウンやカローラといったトヨタを代表する乗用車の初代モデルが所狭しと並ぶ。ハイブリッド車のプリウスや燃料電池車のMIRAIといった最新のエコカーもあり、外国人来館者が大勢集まっている。
オーストラリアから3月に来日したジョン・ラフさんは「ツアーで一番気に入った場所」としてトヨタ産業技術記念館を挙げた。「かつてトヨタ高級車の代名詞とも言えるクラウンに乗っていた」という車好きでもあるラフさん。「ハイブリッド車や電気自動車の技術開発から、日本車の品質とイノベーティブな側面を再認識させてくれた」と笑顔を見せた。
同記念館のもう一つの主要施設である「繊維機械館」には、佐吉らが開発に携わった多彩な織機が展示されている。日本経済の発展を支えた繊維産業の歴史を学べる点がインバウンドの注目を集めているという。
展示品のうちインバウンドに人気なのが、佐吉が1924年に世界で最初に発明・完成させた無停止杼換(ひがえ)式豊田自動織機(G型)。横糸の自動補給や縦糸が切れた時に自動停止する機能などを備え、生産性や織物品質で当時世界一と称賛された機械だ。G型に注目した英国の世界的な繊維機械メーカーに特許権を譲渡し、その資金が自動車開発に充てられた。牧野功副館長は「G型織機への非常に高い評価が自動車産業の発展につながった」と話す。
来場者の3割近く
同記念館への今年4~6月の来場者に占める外国人の比率は27・3%に上る。その多くがインバウンドとみられるが、大洞和彦館長は「地元小学生の見学客が比較的多いため、大人だけだとインバウンド比率がもっと上がる」と話す。外国人向け団体旅行で同記念館の見学が組まれるケースが多いといい、「小グループや家族での来館者はコロナ禍前より増えている」。
海外からの来場者を国別に分けると、中国や韓国や東南アジア諸国が上位を占める。館内では英語や中国語、韓国語など6カ国語で説明文を掲示している。SNS(ネット交流サービス)などで共有した情報を見て「中部圏に来たら寄ってみよう」と思った外国人が訪れるパターンが多いようだ。
民間企業が運営する一見地味な同記念館に多くのインバウンドが足を運ぶ理由は何か。大洞館長は「僕らの思う以上に『日本、そしてトヨタ(の施設)に来たい』という思いに駆られている方が多い。だからこそ、創業の地にこの記念館があること自体意味がある」と誇らしげに話す。
希少な産業博物館
日本は製造業がけん引して経済成長を遂げたが、産業技術史の博物館はあまり多くない。その中でトヨタグループは産業技術記念館以外にも複数の博物館を運営する。
その一つ、自動車に特化したトヨタ博物館(愛知県長久手市)もインバウンドの注目を集めている。博物館の布垣直昭館長は「ポルシェも、地元のドイツ・シュツットガルトにポルシェミュージアムがある程度。トヨタは世界でも最も多くの博物館施設を持っている民間企業だろう」と胸を張る。
来館者に占めるインバウンド比率は2割程度とみられ、コロナ禍前よりも上昇する傾向にあるという。インドなどからの観光客が特に増えており、「経済発展に伴い、これらの地域で自動車への関心が高まっていることが背景にある」(トヨタ広報部)という。
あの施設との連携も
布垣館長は、施設の集客をさらに増やそうと、近隣の超人気スポットとの連携を模索する。2022年11月に同じ長久手市にオープンしたジブリパークだ。「千と千尋の神隠し」など海外でも高い評価を得たアニメを数多く生み出す。布垣館長は「自動車とアニメで互いの世界観や時代観を共有でききればいい。何か一緒にできないかと(ジブリ側と)話している」と明かす。
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