厚生労働省が進める遺族年金の一部見直しについて、7月30日の社会保障審議会年金部会で了承されたものの、委員から「注文」が相次いだ。見直し案は遺族厚生年金について男女差を是正する内容だが、SNS(ネット交流サービス)では「改悪」と反発する声が広がっている。現在受給している人が不利益を被らないように進める厚労省だが、見直しを進める「狙い」とは。
「男女の賃金差解消していない」反発の声
遺族厚生年金は、厚生年金に加入する会社員らと死別した配偶者が受け取れる。20~50歳代の現役世代では、18歳未満の子どもがいる場合は支給に男女差はない。しかし、子どもがいない場合は男女で年齢要件が設けられ、配偶者を亡くした妻は30歳以上であれば無期給付の一方、夫の受給権が発生するのは55歳からだ。
厚労省の見直し案では、20~50代の給付について、配偶者が夫でも妻でも一律5年間とする方向だ。20年超をかけて段階的に移行する。現在受給している人は対象外とし、不利益を被る人が出ないようにする。
ただ、この見直し案にSNSでは「男女の賃金格差はまだ解消していない」など、反発の声が広がっている。
そもそも現行制度で、なぜ男女差が残っているのか。制度が始まった1985年当時の社会情勢では、会社勤めの夫と専業主婦という世帯が一般的で、夫と死別した妻は就労して生計を維持するのが困難とされていた。このため、遺族厚生年金は女性の所得を保障する意味合いが強かった。
しかし、女性の社会進出が進み、共働き世帯は約7割。女性の就労が一般化した状況下では当初の目的が薄れており、給付名目を「配偶者の死亡という生活状況の変化に対応して生活を再建する」と変更し、一時的な所得保障と位置付ける。
「夫も無期給付に」に対する厚労省の説明
SNS上では「妻と同じように夫も無期給付にすれば良いのでは」との意見も散見される。ただ、厚労省の担当者は「仮に男性の就労が困難になる社会の変化があれば、配偶者を亡くした夫に無期給付する考え方もあり得るが、現時点でそのような事情はない」と説明。厚労省で見直し案は「時代に合わせたアップデート」(幹部)という位置づけだ。
男女間の賃金格差は縮まっていくのか。労働政策研究・研修機構の推計では、2040年の女性の就業率は、40~50歳代で80%台後半で男性と遜色がなくなる。23年時点の40歳未満の女性の賃金は男性の8~9割程度で今後も格差縮小が見込まれている。
見直し案を了承した年金部会だが、委員から「注文」が相次いだ。三菱総研シンクタンク部門長の武田洋子氏は「(賃金格差は)改善はしているが、40歳代はまだ(男性の賃金の)7割、50歳代は6割という段階。本来は100%になっていないといけない。改善して大丈夫という話ではない」とクギを刺した。立教大の島村暁代教授は「労働市場では女性の活躍が進んでいるとはいえ(出産を機に女性が非正規雇用に転じる)L字カーブの問題があり、男女間の就業条件の違いは今なお色濃く残る」と指摘し、「労働市場における男女間の不均衡を年金制度で受け止めて反映させるため、配慮措置にある(亡くなった配偶者の年金記録を夫や妻に振り替える)死亡時分割は必要」と強調した。慶応大の駒村康平教授も非正規の割合の高さを指摘した上で「(配偶者の死後の)生計立て直しのサポートは、雇用政策と連携した工夫が必要だ」と語った。【宇多川はるか】
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