ビニール製の滑り台から母優子さんの胸に飛び込み笑顔を見せる長尾茉南ちゃん=岡山県倉敷市児島小川町の児島マリンプールで2024年7月8日午後2時24分、平本泰章撮影

 プールサイドに置いたビニール製の滑り台から、少女が水中で待つ母の胸に勢いよく飛び込んでいった。水しぶきが上がる中で、母は少女をぎゅっと抱きしめる。何の変哲もない夏の一コマは、少女と母にとって、何にも代えがたい大切な記憶になった。

 岡山県倉敷市に住む長尾茉南(まな)ちゃん(5)はプールが大好き。茉南ちゃんの夢は、お母さんともう一度プールで遊ぶことだった。

 母優子さん(41)は学生時代はバスケットボールに打ち込み、フルマラソンを何度も完走した根っからのスポーツ好き。妊娠中は水中座禅をしながらおなかに語りかけ、茉南ちゃんが生後3カ月になるとすぐにベビープールに連れて行った。茉南ちゃんは3歳からスイミングを習い始めた。

夫紳司さん(右から3人目)らに介助されて車いすでプールに入る長尾優子さん(右から2人目)=岡山県倉敷市児島小川町の児島マリンプールで2024年7月8日午後0時58分、平本泰章撮影

 転機は突然訪れた。2022年8月、ソファから立ち上がろうとした優子さんは、急に右足がうまく使えなくなった。「あれ?どうやって動かすんだったっけ」。しばらくしても感覚が戻らないうえ、まひは腹部まで広がり、病院に行くと「脊髄(せきずい)海綿状血管腫」と診断された。脊髄にできた血腫に神経が圧迫される珍しい病気で、手術を受けたものの、胸から下にまひが残った。

 当時、茉南ちゃんは4歳になったばかり。父紳司さん(43)、弟大輔ちゃん(2)と家族4人で何度も遊んだプールの前を通る度に「また一緒に行こうね」とつぶやいた。優子さんは「そうね、またね」と言うことしかできなかった。

 そんな時に、アミューズメント施設を運営する「イオンファンタジー」(千葉市)が取り組む子供の夢を実現するプロジェクトを見つけた。応募すると、寄せられた約2700件の中から茉南ちゃんの夢が選ばれた。

 7月8日、倉敷市の児島マリンプール。防水仕様の車いすに乗り換えた優子さんは、障害者らの水泳を手助けするNPO法人「プール・ボランティア」(大阪市)の岡崎寛理事長と織田智子事務局長の介助を受けながら、スロープを使ってプールに入った。

 先にプールに入っていた茉南ちゃんはすっと近づき、2人は一緒に泳いだり、水中でにらめっこをしたりしてはしゃぎ回った。水に慣れてくると、優子さんはプールサイドに手を掛けながら水中を一人でゆっくり歩き始めた。「すごい、夢かなったよ」。七夕の短冊に「ママの足が治りますように」と書いたばかりだった茉南ちゃんは、水面をたたいて喜んだ。

 途中、岡崎さんらは「この1回きりではなく、また家族でプールに入れるように」と、紳司さんに介助法を伝えた。紳司さんは「また一緒にプールに入れるなんて考えてもみなかった」とほほ笑んだ。

 約2時間のプール遊びを終えると、茉南ちゃんは「全部楽しかった。まだ遊びたい。明日も行く」と繰り返した。遊び足りない様子の娘の横で優子さんは「忘れられない日になった。また家族4人で試してみたい」と目尻を下げた。

 茉南ちゃんの夢が実現した夏、家族には新たな目標ができた。【平本泰章】

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