「神命のレスキュー」を手がける姉妹漫画家「キリエ」の姉・桐衣奈央さん(左)と知世さん=福岡市内で2024年5月23日、金澤稔撮影

 事故や火災、災害の現場で奔走する消防署などの救助隊員らを描いた漫画「神命(しんめい)のレスキュー」が、自然災害に直面する読者らの心をつかんでいる。作者は福岡市在住で姉妹漫画家「キリエ」として活動する桐衣(きりえ)奈央さんと2歳下の妹知世さん。リアリティーある展開は地元消防局の協力に支えられてきた。人間の生死に向き合う人たちをテーマにした物語に込めた思いとは――。

 キリエは2014年に漫画家デビューした。もともとはそれぞれに漫画を描いていたが、本格的に漫画家を目指す知世さんが編集者とのやりとりに悩むのを見て、奈央さんが相談に乗ったり手伝ったりするうち、共同制作に手応えを感じ、同名義で作家活動をすることに。主に知世さんがストーリーやキャラクターの作画、奈央さんが背景の作画や出版社などとの対外的なやりとりをする。

 家族の闘病や祖母の死を見つめた経験や、奈央さんがかつて医療系学校で介護技術の講師をしていた経歴などもあり、2人の作品には「命」をテーマにしたものが多い。初連載は17~18年に救急救命士の男性を主人公に描いた「4分間のマリーゴールド」(小学館)。19年にテレビドラマ化され、母で小説家の桐衣朝子さんがノベライズ本を執筆した。

 この連載のために2人が世話になったのが地元の市消防局。救命士の取材中、救助隊員からも話を聞く機会があったことから、新作の題材に救助隊を取り上げる構想が動き出した。

 2人は22年秋から救助隊員の訓練や、隊員を養成する「救助科教育」に密着。例えば、エレベーターに閉じ込められた人を救出したり、山の上でヘリコプターに傷病者を引き渡したり――。人命を救うため過酷な訓練を重ねる姿に、2人は「本当に尊い仕事。市民のために頑張っていることを伝えたい」と思いを強くした。

 23年6月に雑誌「ヤングアニマル」(月2回発行、白泉社)で始まった連載は、九州のある都市の消防局を舞台に展開。主人公の新人消防士、神生(かみお)叶之助(きょうのすけ)は幼い時に火事で両親を亡くして以来、亡くなった人の霊が見える特殊な力を持っているという設定で、不器用ながら成長していく姿や、困難に立ち向かう隊員たちのドラマを描く。

「神命のレスキュー」水難救助編の一場面=Ⓒキリエ/白泉社

 崩壊した建物や火災現場といった一刻を争うような状況で取り残された人の救助場面が展開されるなど作中には緊張感が漂う。そこに独特の温かさを添えるのが「大丈夫やけん」「一生忘れんちゃん」などと登場人物が発する博多弁のやりとり。16年の熊本地震を経験した読者から届いた手紙には「助けてくれた救助隊の方々への感謝の気持ちがつづられていた」(奈央さん)という。

能登半島地震も取材「無力さに気付いた」

 連載が進む中で発生したのが、24年元日の能登半島地震だ。現地に各地から救助隊が入って救助活動にあたり、2人はテレビでその様子に見入った。漫画を知る被災者からは「余震で怖い中、家屋倒壊や火災現場で消防士が活動している。消防士の活躍を伝えるこの作品を応援している」とメッセージも届いた。

 2人は決まっていた連載内容を先送りにして震災を描くことにし、2月に市消防局の協力を受け、熊本地震やトルコ・シリア地震で現地派遣された職員にインタビューした。

「神命のレスキュー」で、火災現場に取り残された人を救出する一場面=Ⓒキリエ/白泉社

 聞き取った内容は予想と違っていた。「救助できたお話よりも、ご遺体を(運び)出したというお話が多く、苦しい経験だろうと思った」。ある隊員が被災地の惨状を思い起こして「無力ということを感じた」とこぼした一言も心に残った。

 これらをもとに4~6月に計3話掲載した震災派遣編では、神生など登場人物を「スーパーヒーローのように描かない」と決め、救助の手が足りない状況に直面して無力感や限界を思い知る様子、困難な状況でも他者を思いやって過ごす被災者の姿などを描いた。

 ヤングアニマル6月28日号掲載の作者インタビューで、2人は震災派遣編の制作を振り返り、「被災者の救いや希望になるもの(作品)に」と考えていた自分たちの「おごりや無力さに気付いた」と明かした。

 漫画家として「できることは何か」を問い直した2人。連載2年目に入った今、「被災者の皆様に一日でも早く平和が戻りますように」と願いを込め、これからも命の物語を紡いでいく。【山崎あずさ】

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