日本人漁師に助けられたソ連人姉妹(手前)と妹の息子(中央)。息子が母親(右)から「命を救ってくれた日本人と子孫を探してほしい」と託された=1985年撮影、翻訳者の樫本真奈美さん提供

 戦後しばらくの間、日本人とソ連人が北方領土で混住した時代、歯舞群島・志発(しぼつ)島で海難事故が起き、箱舟で流されたソ連人少年少女を命がけで救助した日本人漁師がいた。その実話を中心に、混住時代の暮らしぶりを描いたノンフィクション「舟 北方領土で起きた日本人とロシア人の物語」(皓星=こうせい=社、税抜き2300円)が7月に発行される。【本間浩昭】

混住時代 日本人漁師がソ連の少年少女救助

 旧ソ連軍の北方領土侵攻から約2年が経過した1947年秋、大陸から移住して来た10歳前後の少年少女4人と犬1匹が志発島相泊の海岸で、魚箱で造った箱舟で遊んでいて流された。この日は日本人が古里の島を追われる「強制送還の日」でもあった。捜索が行き詰まり、天候が悪化する中、引き揚げ船に乗る予定だった日本人漁師が、一緒に引き揚げるはずだった家族と離ればなれになることを覚悟で救助に向かう実話を軸にストーリーが展開する。

 著者は、ロシア人の脚本家で映画プロデューサーのマイケル・ヤングさん(63)=ペンネーム。ヤングさんの友人の母親が救助された少女のうちの一人という。

 友人の母親は、「助けてくれた日本人とその子孫を見つけてほしい」と息子に託した。母のたっての願いを胸に息子は、ソ連崩壊後に始まったビザなし交流を通じて5回、北海道などを訪れ、命の恩人の行方を探したが、手がかりすら得られず、3年前に亡くなった。

 ヤングさんは亡き友人に代わり、映画化を視野に脚本を書き上げた。だが、政治情勢が好転する兆しがなく、まずは書籍で混住時代の知られざるエピソードを世に問うことにした。

ノンフィクション「舟」を翻訳した樫本真奈美さん=北海道根室市で2024年6月27日、本間浩昭撮影

 ズームで記者会見に臨んだマイケルさんは「二度と日本に帰れないかもしれないのに外国人の子どもを救助するようなことはできることではない。これは日本人がどういう人間なのかを示す大切なエピソードだ」と言う。「平和なときだと心にぐっとこないかもしれないが、難しいとき(政治情勢)だからこそ必要なエピソード」とも話した。

 マイケルさんから打診を受けた同志社大講師の樫本真奈美さん=横浜市=は翻訳に着手した。樫本さんはノンフィクションにするため、事実の裏付けが必要と思い、救助された少女の一人で極東・ウラジオストク近郊の町に暮らすガリーナ・ラーピナさんが存命だということを突き止めた。インタビューを試み、その内容は付録として書籍に収録した。

 一方、4人を救助した20~30代の日本人漁師の手がかりを探したが、現時点で「手がかりは得られていない」と話し、情報を求めている。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。