高齢者が運転する乗用車による悲惨な交通事故が後を絶たない。
親に運転をやめてもらうにはどうすればいいのか。そして、自分が高齢になった時にどんな備えが必要なのか。
介護経験のエッセー「オーマイ・ダッド! 父がだんだん壊れていく」(中央公論新社)で、父(95)がハンドルを置くまでの悪戦苦闘をつづった作家、森久美子さん(67)=札幌市=に聞いた。
「晩節を汚すよ」
早くに妻、つまり森さんの母を亡くした父は「誰の世話にもなりたくない」と1人暮らしを続けてきた。自宅は札幌市内でも地下鉄のないエリアにあった。
高齢になればなるほど周囲の友人、知人は減っていく。自分を知る数少ない人が待ってくれている飲食店やスポーツジムに車で向かうのが父の生きがいだった。
免許返納を求める森さんの訴えに抵抗してきた父だったが、車との別れは突如、訪れた。
2021年12月、父は自宅の車庫に入れようとした際にアクセルを踏み誤り、自損事故を起こした。車は走行不能になったが、父のけがは軽く、他の人にけがをさせなかったことが不幸中の幸いだった。
事故の2日後、父は新しい車を買おうとしていた。事故を起こしたことを忘れていたのだ。「人身事故を起こしたら晩節を汚すよ」。森さんの忠告に、父は「それはだめだな」と同意した。
その後、体調を崩して受診した際に父は認知症と診断された。翌年、94歳の誕生日を迎えても免許は更新せずに流した。
元気なうちに約束を
今振り返れば、やっておけばよかった――。そう思う準備が、森さんにはある。
「何歳になったら運転免許は返納する、車は手放す、と書きとめて約束し、家族と共有するのがいい」
免許を返納するよう森さんが何度訴えても、父は「免許を取って60年以上、事故を起こしたことはない。運転が下手になったらやめる」と取り合ってくれなかった。
年を重ねれば、性格がかたくなになったり、認知機能も低下したりする。自分の意思で免許を返納するのは難しくなる。
17年の道路交通法改正により、75歳以上の後期高齢者は免許更新時に認知機能の検査が義務づけられた。しかし、対策本が売り出され、過去問も出回っている。
「どうか不合格になりますように」という森さんの願いもむなしく、父はインターネットで過去問を見つけて対策し、すんなりパスしてきた。
必要だったシミュレーション
そして、車を手放してからの代替手段を後期高齢者になる前に自分で考えて準備してもらうべきだった、と森さんは考えている。
19年に東京・池袋で高齢者の運転する車が暴走し、母子2人の命を奪う事故が起きた。森さんは免許の返納について警察署や自動車安全運転センターに相談したが、どの担当者からも「免許を返納しても同じ生活ができるとお父さんに納得してもらわなければなりません。家族でいろんなところに連れて行けますか」と問いかけられたという。仕事を抱える森さんには即答できなかった。
事故の後、車を手放した森さんの父は出無精になり、一時は体重が4キロ減った。現在は老人ホームに入居し、体調は回復したというが、森さんは「ここに行くにはこういう手段がある、とシミュレーションしておかなければいけなかった。慣れていない人にとってはタクシーも使いづらいもの。車や免許を手放す前から、タクシーなどに乗る習慣を家族とともに意識してつけたほうがいい」と提案する。
とはいえ、それも都会に住んでいればの話だ。公共交通機関の少ない地方で、家族の助けがない人はどうすればいいのか。
「ライドシェア、オンデマンドタクシーなど臨機応変に使える交通手段を自治体主導でサポートする必要がある。実現のハードルは高いが、このままでは手遅れになる」と訴える。【大谷津統一】
もり・くみこ
1956年札幌市生まれ。北海道大公共政策大学院修了。小説執筆のほか、食と農業をテーマにした講演活動に取り組む。2022年から拓殖大北海道短大客員教授。
「オーマイ・ダッド!」はウェブサイト「婦人公論.jp」に連載した内容を加筆、修正。電子版のほか、紙版をアマゾン、北海道内の紀伊国屋書店で販売中(1870円)。
鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。