「車いすだから、皆と一緒には難しい」と思っていませんか――。車いす利用者が成人式や結婚式といった行事で、和装を諦めてしまう現状がある。特別な着物が必要と思われたり、座ったままでの着付けは難しいと考えられたりするからだ。そんなイメージを拭い去り、「着物は誰でも楽しめる」ことを伝えたい。民間資格「福祉車いす着付師」を持つ人たちが車いす利用者のファッションショー「パラコレクション(パラコレ)」を開催し、全国に広がり始めている。
パラコレが産声を上げたのは2021年11月、北海道帯広市だった。発案者は、NPO法人「日本理美容福祉協会」帯広センターの森田浩幸代表(57)。「おしゃれをして表舞台に立つことで車いす利用者に自信をつけてもらうと同時に、障害者理解を促進したい」。当初は「帯広だけで」と思っていたが、思いのほか反響が大きかった。福祉車いす着付師の間で「自分の住んでいる場所でも開きたい」との声が高まり、希望者に主催を委ねる形に。名称は「パリコレクション」と「パラリンピック」を掛け合わせた造語で、22年に商標登録された。
横浜、大阪、名古屋に続いて全国5都市目の開催にこぎ着けたのは、和歌山市の宇治田いさ子さん(59)。7年前に花見会場で、和装を身にまとったグループの中で一人だけ洋服姿だった車いす利用者の女性に出会ったことをきっかけに、福祉車いす着付師の資格を取得。「着物を着たい、その気持ちに障害の有無が関係ないことを知ってほしい」。19年夏からは講師としての活動も始め、普及に力を入れてきた。
宇治田さんが1年間かけて準備を進め、迎えた4月21日の「パラコレ in 和歌山」当日。モデルは3~90歳の車いす利用者13人で、和装を通じた人生の歩みを一つのショーに仕立て上げた。七五三に始まり、卒業式や成人式、結婚式をイメージした晴れ姿を披露。最後に羽織はかまと白無垢(むく)を着た高齢夫婦がランウエーを進むと、観客約200人で満席となった会場が盛大な拍手に包まれた。
「このショーに出るまで、車いすでも和装が着られるなんて知らなかった」。青木紬さん(21)=和歌山市=は昨年秋ごろに母親と買い物中、パラコレの準備をしていた宇治田さんに「ショーに出ませんか」とスカウトされた。脊髄(せきずい)の病気を治療後、小学6年生から車いすで生活している。昨年の成人式は出席せずに友人と過ごし、振り袖を着る機会はなかったという。「和装を着たのは七五三以来。車いすを使い始めてからは選択肢にもなかったけれど、やっぱりうれしい」
桑原安子さん(56)=和歌山県有田市=もこの日、生まれて初めて着物に袖を通した。成人式ではドレスを着て、自分以外がきれいな振り袖姿だったことを覚えている。「ずっと憧れだったので、感激です」と満面の笑みを見せた。
宇治田さんの元にはショーの終了後すぐ、車いす利用者の男性から「機会があれば着付けをしてほしい」と連絡があった。福祉車いす着付師の認知度向上は、パラコレを開催した目的の一つ。「これ以上にうれしいことはない」と喜びながらも、「全国どこでも、『着物を着たい』という車いす利用者の願いがかなう環境になってほしい」と次なるステージを見据える。
パラコレは今後、福岡や千葉など12番目の都市までの開催が決まっている。一方、青森▽秋田▽山形▽山梨▽鳥取▽島根▽広島▽徳島▽佐賀――の9県には福祉車いす着付師の資格講座を受けた人がいないといい、普及を急いでいる。
森田代表は「47都道府県でパラコレを開催し、いつかは武道館で盛大に。そして『パラコレモデル』の肩書が『パリコレモデル』のように定着し、社会が変わるきっかけになってほしい」と夢を語った。
「パラコレ in 和歌山」の様子は、宇治田さんのユーチューブで視聴できる。【安西李姫】
福祉車いす着付師
日本理美容福祉協会が認定する2016年から始まった民間資格。同協会の資格講座を受講することで取得でき、これまでに全国で約920人が車いすに座ったまま着付けができるノウハウを習得した。着付けに特別な道具は必要なく、健常者と同じ着物を使用。内臓疾患に配慮し、着崩れ防止のひもを使わないことも特徴だ。
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