用水路の周囲を乱舞するゲンジボタル=中里浩也さん提供
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 青々とした水田が広がる山形県鶴岡市の山あいに、住民がホタルの観察を16年にわたって続けている集落がある。一日最大255匹だった2012年をピークに減少傾向だが、今年も6月5日から見つけた数や場所が共有され、家々の話題に上る。少子高齢化が進む地域のきずなを、小さなホタルの光が深めている。

 こんもりとした山を背に19戸が軒を連ねる集落に、夜のとばりが下りた午後8時半。カエルの合唱が響く中、元畜産農家の女性(80)は懐中電灯を手に家の外に出た。水田の間の道を進むと、ウオーキング中の夫婦らが次々に合流した。ゆっくり力強く明滅するゲンジボタルや、チカチカとまたたくヘイケボタルを見つけ、「こっちにいたぞ」「ほら、木の上に」と、声を弾ませた。

住民が調査した15年分のホタル調査カードを手にする中里浩也さん=山形県鶴岡市で2024年6月13日午後3時59分
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 住民たちは目視で数えた数と場所を専用のカードに記入し、気温や湿度とともに無料通信アプリ「LINE(ライン)」や電話で報告し、集落で情報共有する。当番表を作り、6~8月の3カ月間に3~4回ずつ担う輪番制を取っている。

 女性は「ほっとする癒やしの時間です」と楽しそうに話した。都合が悪くて当番に参加できない時などは、すぐに誰かが代わってくれる。集落の輪による共助の有り難さを感じるという。非番の夜は、午後9時ごろにスマートフォンで共有される情報を心待ちにし、確認後に眠りに就く。

飛び交うゲンジボタル=中里岳さん提供
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 この取り組みが始まったきっかけは08年、住民で中学校理科教諭だった中里浩也さん(63)が、農林水産省の補助を受けて開いたホタルの観察会だった。希少淡水魚「イバラトミヨ」やフクロウも生息する貴重な自然環境に興味を持ってもらおうと企画した。

 集落は家々に網戸がなかった時代、室内に舞い込んだホタルを子どもたちが蚊帳の中に捕まえて眺めたというホタルの名所だ。見慣れた存在と思われたが観察会は予想以上に盛り上がり、翌年から輪番制に移行した。よそからも小学生が訪れ、競い合うように夏休みの自由研究に励んだ。

ゲンジボタルの雄=中里浩也さん提供
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 輪番制による観察を進めるとすぐに、山からの湧き水が注ぐ用水路に生息するゲンジボタルと、水田にすむヘイケボタルの2種類がいることが分かった。中里さんが結果をまとめて各家庭に配ると、「知らなかった」「感動した」という反響が続々と寄せられた。

 中里さんによると、集落で確認されたホタルの数は一日最大255匹、年間3724匹の2012年をピークに減少した。近年は、ヘイケボタルが以前は見かけなかったシーズン前半に確認されるようになっている。

 少子高齢化が進み、参加する顔ぶれは様変わりしたが、地域の取り組みは続く。「ホタルが住民の横のつながりを強くしてくれているようです」。中里さんはほほ笑んだ。【長南里香】

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