「いごん 個人の全財産を田辺市にキフする」。簡易的な用紙に赤のサインペンで書かれた「遺言書」の有効性を巡る民事訴訟の判決が21日、和歌山地裁で言い渡される。書いたとされるのは、「紀州のドン・ファン」と呼ばれ、2018年5月に急性覚醒剤中毒で死亡した田辺市の会社社長、野崎幸助さん(当時77歳)。遺言書が無効だと訴える野崎さんの親族側と、有効だとする田辺市側のどちらの主張が認められるのか。約13億円とされる野崎さんの遺産の行方に注目が集まっている。
死後に「遺言書」
遺言書は野崎さんの死後、生前に経営していた会社関係者の男性が預かっていたことが判明。その後、和歌山家裁田辺支部が遺言書の要件を満たしていると判断した。
田辺市が受け取りのための手続きを進めていたところ、野崎さんの兄ら4人の親族が遺言書の無効を訴えて和歌山地裁に提訴。被告は遺言執行者の弁護士だが、実質的には「補助参加人」として訴訟に加わっている田辺市が主張を展開してきた構図だ。
遺言書が無効となった場合、法定相続人は配偶者が4分の3、きょうだいが4分の1となる。一方、死亡時の配偶者である元妻(28)は野崎さんに対する殺人罪で起訴されており、有罪判決が確定した場合は民法の定めによって相続権を失う。
筆跡が最大の争点
最も大きな争点は、筆跡が野崎さんのものであるかどうかだ。
親族側と田辺市側はそれぞれ3件の鑑定結果を提出。市側は遺言書と本人の自筆とされる督促状の署名が類似しており、「野崎さんが自書したものである」と主張する。一方、親族側は署名が別の機会に書かれたとは考えられないほど酷似しているとし、「透写により偽造された可能性が高い」などと訴えている。
遺言書が公証役場で専門家によって作成・保管される「公正証書遺言」ではなく、手書きの「自筆証書遺言」である点も説明が求められている。
公正証書遺言の場合、利害関係のない証人の立ち会いが必要だ。市側は「立会証人から内容が漏えいするリスクがある」として、自筆証書遺言を採用する合理性があるとしている。それに対し親族側は、「少なくとも10億円を超える財産の全てを市に遺贈するという重要な法律行為で、紛失や汚損の可能性がある自筆証書遺言を選ぶことは考えにくい」と指摘する。
遺言書を預かっていた男性は、他の郵便物とともにビニール袋に入れて自宅で保管していた。2013年2月ごろ自宅に届いたと説明し、野崎さんから「まだまだ死ぬつもりはないが、万が一の時には自分の財産を郷里の発展のため役立ててもらいたい」と電話があったと証言している。
親族側は男性が弁護士や行政書士といった専門家ではないこと、特徴的な内容にもかかわらず死後約17日間も遺言書の存在を忘れていたとすることなどから、「遺言書を男性宛てに作成すること自体が不合理であり、不自然な供述も多い」と主張する。
寄付する動機は?
また、野崎さんが田辺市に全財産を寄付する動機の有無も争われている。市側は野崎さんから1976~90年、6度にわたって計1200万円の寄付を受けたと指摘。親族側は最後に寄付したのが遺言書の作成より20年以上前であることや、他の地方自治体にも寄付していることから「過去に寄付した事実は、全財産を遺贈する動機を示すものではない」としている。
市側に立証責任
一般的に遺言の無効確認請求訴訟では、被告に本人が自筆したとする事実の立証が求められる。本人以外の何者かが書いたなどとする偽造の立証までは必要とせず、自筆が認められなかった場合には無効となる。
京都産業大の渡辺泰彦教授(家族法)は「本人が自筆した遺言書であるのならば、故人の意思を尊重して無効となるのは避けたいのが基本。しかし今回のような訴訟の場合、立証責任のある田辺市側が不利になると考えられる」と指摘した。【安西李姫、藤木俊治】
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