図鑑のように分厚い「赤本」がある。水産業の盛んな三重県鳥羽市が作成した海洋生物の基礎資料「海のレッドデータブック2023~鳥羽市の絶滅のおそれのある野生生物」(A4判、298ページ)だ。地球規模の気候変動による環境破壊に警鐘を鳴らしながら、多くの生き物がすむ豊かな地元の海の「今」を伝える。失われつつある海の多様性を守るためにも、関係者たちは完成された本を活用しながら、試行錯誤を続けている。
鳥羽市では住民や観光客が立ち寄りやすい市街地の5カ所に「鳥羽うみライブラリー」が3月から開設されている。誰もが自由に本を閲覧できる中、海女や船の本などと一緒に「海のレッドデータブック」も並べられた。鳥羽市の関係者は「手に取りやすい場所で多くの人に見てもらいたい」と期待を込める。
「海のレッドデータブック」は変わりゆく鳥羽市の自然環境を知るための貴重な資料として作成された。多様な生物を育む鳥羽の海がもたらす自然や食の恵みは、観光や水産など市の主幹産業の礎となっているほか、海女や漁師の生活にも深く関わる。
しかし、近年、海藻が生えなくなる「磯焼け」や資源の減少が深刻になっている。国内外で自然保護団体が絶滅した、または、絶滅しそうな動植物などをまとめた各種のレッドデータブックを作成する中、鳥羽市も深刻な現状を調査し、「海のレッドデータブック」と名付けて2023年9月に発行した。
調査は貝や海藻など各分野の専門家13人が行った。20年度からモニタリングを行い、潜水や底引き網、投げ網などで採集した結果をまとめた。なかでも海藻類は国などの資料がないため、鳥羽市が独自に調査した珍しい資料だという。
鳥羽市内の離島4島を含む沿岸部や流入河川に生息する脊椎(せきつい)動物や魚類、貝類、甲殻類のほか、無脊椎動物群や海藻海草類を含めた計419種のデータを紹介。写真のほか、絶滅が危惧される海洋生物のカテゴリー分類や選定理由、減少要因などを掲載。Q&Aやコラムで少しでも分かりやすく伝える工夫も加えた。
貴重なデータは、海と共生する市民や漁業者にとって厳しい現状を裏付ける結果となった。例えば、県内では「あらめ」と呼ばれ、アワビの餌でありながら、磯焼けで失われつつある海藻のサガラメや、海女が「赤アワビ」と呼ぶマダカアワビが絶滅の危惧が増大している「絶滅危惧Ⅱ類」に分類された。調査にあたった鳥羽市水産研究所の岩尾豊紀さんは「この本を見て資源が少なくなっているとわかり、ようやく保全の議論ができる。絶滅危惧種だからと言って採ったらダメではなく、採り方や売り方なども含めて保全方法を考えるきっかけにしなければ」と訴えた。
岩尾さんは「海のレッドデータブック」の発行から約2カ月後の23年11月、鳥羽小に出向いた。児童たちにハゼ科のタビラクチや県南部の地名が由来とされる海藻、ナガシマモクが鳥羽の海で初めて確認されたことを熱く語った。スライドで海藻が茂る様子を映し、「魚の赤ちゃんの家になったり、頼まれていないのに波の勢いを押さえる役割をしている」と独特の表現で海藻の役割を伝えた。
児童から「一番珍しい海藻は何?」と質問されると、「ナガシマモクは珍しい。けど、テングサも珍しくなっている」と答えた。海女が漁の合間におやつとして食べるところてんの原料となり、子供たちにもなじみのある海藻も温暖化の影響を受けていることを説明しながら、多様なふるさとの海の魅力を伝えた。
県総合博物館(津市一身田上津部田)の入り口にも23年11月、水槽が設置された。「海のレッドデータブック」で紹介されている淡水魚のヤリタナゴなどが元気よく泳ぎ、入館者が足を止めて見ていた。動物生態学が専門の北村淳一学芸員は「本に載っている魚が実際に生きている姿を見てほしい」との思いを語った。
鳥羽市は「海のレッドデータブック」を700冊を作製し、市内の小中学校や図書館などに配本し、残りは1冊7700円(税込み)で市立海の博物館などで販売している。海の環境を知り、学ぶことが、海洋生物の保全や水産振興につながると考え、担当課は「この本をきっかけに海の環境を考え、次世代に豊かな海を継承していかなければ」と話していた。【下村恵美】
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