放送中のドラマ『アンチヒーロー』。舞台裏で重厚感あふれる作品を一から作り上げている人々をご存知だろうか。
ここでは、ドラマの世界観を一から作り上げる美術プロデューサー・二見真史氏とデザイナーの岩井憲氏のこだわりを深堀り。まずは、長谷川博己が演じる主人公・明墨正樹の明墨法律事務所での細やかな工夫に注目してみよう。
セットからわかる登場人物のパーソナリティー!
主人公・明墨が5年前に設立した明墨法律事務所は、タヌキの銅像がシンボルとなっている新橋駅前ビル1号館(東京)に入っているという設定になっている。二見氏と岩井氏が台本からイメージしていた場所も程近く、すぐに方向性が固まったそう。事務所の床には建物の築年数に合わせて、岩井氏がこだわったという経年劣化風の装飾がされているが、内装は明墨の趣味でリフォームした設定のため、外観に比べると少しスタイリッシュな印象に。
事務所の特徴でもある随所に張り出ている柱や梁は、本当の建築ではあり得ない構造になっているが、これは飽きない映像にするための工夫。もともと映画作品のデザインを手掛けることが多かったという岩井氏は「ドラマはセットでの撮影日数が長く、シーンの数も多いので、壁の質感1つとっても飽きないように。どこを背景にしても間延びしないよう、奥行きや背景の潤いを意識しています」とこだわりを明かす。
主人公が多くの時間を過ごすメインとなるセットには、その人物の人となりがわかる小物が置いてあることが多いが、同セットには資料や本ばかり。「今回は敢えて趣味のものを置かないようにしました。理由はまだ明らかにされていませんが、彼の人生は弁護一筋。彼にはおそらくプライベートがないんです」と、岩井氏は今後の展開にも含みを持たせる。
小物が少ない一方で、植物は意外と多い。「明墨の趣味だけだと置いていないと思うのですが、同事務所で働くパラリーガルの白木凛(大島優子)が事務所の環境を良くしようと植物を育てている設定です。細かいところにもキャラクターのパーソナリティーが表れています」と、二見氏が裏設定を明かしてくれた。
弁護士ドラマではおなじみのホワイトボードでの事件の説明シーンに関しては、監督陣から「白々しくならないように、ガラスに書きたい」というリクエストがあり、岩井氏が一からボードをデザイン。明墨の身長に合わせて調整された特注品だ。さらに、「作っている過程で、ボードを見つめている様子を逆側から捉える映像もあるかもしれないと思い、上部にはキャストの顔が映りやすいようにわざと隙間を作りました」と一歩先を読む。劇中では実際にそういったシーンが撮影されており、美術スタッフ&監督陣の阿吽の呼吸が垣間見える。
謎…資料だらけの部屋に、タヌキ?
作中で主人公が撫でていることでも注目を集めている、新橋駅前ビル1号館の「開運狸」。これをモチーフにしたレリーフが事務所の中に隠されているのをご存知だろうか。資料や本ばかりの部屋に突如現れる異質なこのタヌキは、実は岩井氏の遊び心。なぜタヌキなのか理由を聞くと、150年ほど前の新橋駅開業にまつわる言い伝えから着想を得たという。
明治時代に駅の建設が始まった当時、タヌキの巣が見つかり、作業員が餌をやり小屋を建ててかわいがっていたそうだ。しかし次第にタヌキはいなくなり、残されたタヌキ小屋に人が集まって酒を飲むように。それがきっかけで飲食店街ができ、その一帯が「狸小路」と呼ばれるようになった。ビルの建設により「狸小路」はなくなったが、懐かしい思い出を残そうとこの銅像が建った。岩井氏は「この言い伝えをセットにも取り入れたら面白いかなと思って」と微笑みながら明かしてくれた。
現実との世界線を近づける驚きのこだわり
ドラマのセットは、俳優の自然な演技にも直結する重要な役割を担う。「いかにも“セット”という状態になるのは避けたかった」と明かす二見がこだわったのは、セットの中だけに留まらず、窓の外にまで及ぶ。
通常、ドラマのセットの窓外背景には写真パネルや白い幕が使用されているが、今回使用されているのは、ドイツ製の世界最大の布プリンターで印刷された巨大な布だ。横幅約10m以上ある布に、実際のロケ地から見える風景が印刷されている。
「窓の大きいセットにすると、パネルだとどうしても作り物っぽくなってしまいがち。どうしてもそれを避けたくて、この大きさのセットに最適な方法を調べていたら、ドイツの印刷会社にたどり着きました」と、楽しそうに準備期間を振り返る二見氏はこう続ける。
「窓以外の部分は裏側を黒くプリントしているので、後ろからライトを当てると、写真の中のビルの窓も夜景のように光ります。普通なら昼と夜でパネルを差し替える必要がありますが、その手間もなくなりました。海外では使用事例があるのですが、ここまで窓外のクオリティーにこだわったセットはおそらく日本で初めてかもしれません」。
布に印刷された写真自体もロケ先のビルから見える景色と全く同じ。「セットの窓からもロケ先と同じ風景を見せることで、僕たちがいる同じ東京という場所で起きている出来事ということを表現しています」と、現実世界とのつながりを意識したセット作りについて語ってくれた。
「ロケなどで実在の風景と撮影をするほうがリアルに撮れると思われるかもしれませんが、ドラマの世界観はセットだからこそ作り込めるもの」と二見氏は語る。職人の技で作られた世界観に、どっぷり浸かってみては。
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