昨今、街でよく見かけるようになった高級感と清潔感あふれるジム。ボクササイズに通う女性も増えているが、放送中のドラマ『あのクズを殴ってやりたいんだ』の奈緒演じる主人公が通うボクシングジムは、かなり年季が入っている。下町が舞台となっているジムのセットは懐かしさを感じさせるが、実際にトレーニング可能なジムとして機能している。

そこでドラマの舞台となっているボクシングジムのセットと、主人公の母・明美が経営するスナック、主人公がボクシングを始めるきっかけになった謎の男の部屋について深掘り。本作の美術プロデューサーを務める藤本祐基氏にドラマを別角度で楽しめるポイントを聞いた。

ジムセットは重さに耐えられるように本格的に

主人公が日々トレーニングに励む羽根木ジム。トレーナーを演じる岡崎紗絵らが実際にセット内で撮影の合間に、トレーニングしたことをインタビューで教えてくれた。そんなボクシングジムのセットには、通常のセットでは作り込まない天井にポイントがあると藤本氏。「一つ70、80キロあるサンドバッグをセット内にいくつも吊らないといけなかったので、その重さに耐えられるようにしました。普段のセットは基本的には木造なので、壁のパネルとパネルに天井板を乗せてビスで打ったり、バトンを使って天井板を吊ったりするんです。そのような簡易的な天井では吊ることができないので、鉄骨を使って本格的にセットを組んでいます」と話す。

サンドバッグを吊る位置についてもこだわったという。「広い画で撮影するときに自由に動かせるほうがいいということで、止めているビスを緩めるとサンドバッグを動かせられるようになっています」。他にも「ボクシングジムといえばというパンチングボールの位置も、こだわっています。会長室も、選手たちが練習している様子を見渡せるような場所に配置しました」とそれぞれこだわりの配置があるようだ。

手書きやイラストで細かいところまで再現

ジムの壁に貼られている練習メニューや、連絡事項は全て手書きだ。「何軒かボクシングジムを見学させてもらって、意外と手書きのものが多い印象があったので参考にしました」。壁には他にも試合やレフリーのポスターも掲示されている。「実際にエキストラさんを撮影して作成したポスターもあれば、JBC(ジャパンボクシングコミッション/日本においてプロボクシング競技を統轄する機関)から直接借りてきた公式レフリーさんのポスターも実は貼ってあるんです」と。

さらに、イラストが描かれている試合のポスターについては「ボクシング漫画のポスターを飾りたいと思い、イラストを描くことが好きなスタッフに、ボクシング漫画に出てきそうなキャラクターを描いてもらいました。あとは練習生の名前は、スタッフの名前をもじって入れていたりします」と一つ一つセット内を巡りながら語ってくれた。

実際の用具を使うことでよりリアルさを演出

そんな羽根木ジムは、外観だけでなく内観もどこか昔からある下町のジムの雰囲気を感じさせる。「セット打ち合わせのときに、火曜ドラマということもあって、ボクシングジムをどのようなテイストにもっていけばいいのか話をしたんです。そこで監督から“昔からあるような、ちょっとレトロな雰囲気のジム”というイメージをもらって。なので、昔は会員にも困らず、繁盛していたようなジムとして、汚しが効いていたり、古い用具や器具を集めました」と明かす。

集められた古い用具には実際のボクシングジムから借りてきたものも。「第3話で主人公が打っていたサンドバッグは20年ぐらい使っているものをお借りしました。ジムの中央にあるゴングは、サンドバッグを借りたジムとは違うジムから、ちょっと調子が悪くなって今は使っていないということでお借りして飾らせてもらっています」と、年季の入った用具が下町感を増進。

中でもボクシンググローブは、「新品できれいなものは色が鮮やかですが、相手の顔を殴るときにワセリンを塗っているそうで、何度も使っていくうちに変色していくんです。この汚しは僕ら美術が頑張ってもできないところなので、実際に使っているものをお借りすることでリアルさを出しています。リングも本来はきれいなものを用意したのですが、大道具さんに頼んで使い古している感じが出るように汚しを入れてもらっています」と“汚し”が味を出している。

またトレーニング器具もアナログなものが多い。「今はプレートを変えることで、重さを調整できるバーベルが多いですが、羽根木ジムに置いてあるバーベルはそれぞれ重量ごとになっています。ダンベルは借りてきたものに、うちで用意したものを混ぜて、最新のマシンが揃っている筋トレのジムみたいにならないように小道具さんに選んでもらいました」と、どこまでもレトロで下町感が追求されている。

スナックとバーにも“ボクシング”の遊び心が

そんな下町感は、明美が経営する「スナック 明美」にも漂う。「太田区・大森にある通称・地獄谷と言われている山王小路飲食店街の通りが、まさしく“スナック 明美”の雰囲気と同じ。小さい店舗がいくつも並び、2階部分が住居になっている感じから、おのずとレトロな感じになりました」と明かし、その店内にはこだわりも。「ごちゃっといろんなものが密集してるような感じを意識しました。カウンター席の上の壁には、小道具さんが斉藤さんの似顔絵やスナックによくありそうなサイン色紙が貼ってあって、このあたりはよく見てもらえると面白いと思います」。

佐藤家全員が集まるスペースにもなっているスナック。主人公の妹の一人娘が勉強するスペースは監督からのリクエストだったという。「美々も一緒に居させたいという監督からのリクエストがあったので、みんながスナックにいるときはカウンター席の端を美々のスペースにして、そこで勉強できるようにしました」と話す。

赤いベルベットのソファや、ハイチェアが印象的な「スナック 明美」とは打って変わり、海里が働くバーは青いライトが印象的だ。「海里が働いているバーと差をつけたいということだったので、ボクシングリングの赤コーナーと青コーナーのイメージで“スナック 明美”は赤、バーは青を基調にすることを意識しました」と、“ボクシング”が舞台の作品ならではの遊び心が組み込まれている。

アシスタントと同居する海里の部屋にも、こだわりが。「玉森さんがベランダに出て芝居することもあって、プレハブのような外観が映るので、内観をどうしようとなったんです。そこで、事務所みたいなところを間借りしていて、そこを住居にしている設定になりました。なので、備え付けの流しがあるような事務所の感じは残しつつ、そこに監督から要望があった海里と相澤の2人がDIYした何かを入れたいということで、海里が作業するデスクや壁面は2人が作った感じにしました」と、外観に合わせて内観を作ったことを明かしてくれた。

様々なこだわりを語ってくれた藤本氏。ドラマのテーマでもある<折れない心><諦めないマインド>を持ち続けるための秘訣を尋ねると、「一つ一つこだわって、ここだけは折れずにやっていこうという軸を自分のなかで作ること。美術としてそのこだわりがなくなったら終わりだと思うので、納得できるものを作っていきたい」と明かしてくれた。これからさらにボクシングが舞台の中心になっていく本作。リアルさが追求されたジムの細部も注目したい。

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