現在のオーストリア、ハンガリー、チェコなどを含む中央ヨーロッパを広く支配したハプスブルク家。

16世紀から20世紀の第一次世界大戦の終結まで続いたその支配領域を、ハプスブルク帝国と呼びます。

オーストリアの世界遺産「ウィーン歴史地区」
ハプスブルク帝国の都だったウィーン

この帝国が残したものはいくつも世界遺産になっていて、たとえば帝国の都だった「ウィーン歴史地区」。

シェーンブルン宮殿(世界遺産)はハプスブルク家の夏の離宮だった
ウィーン国立歌劇場(世界遺産)
ウィーンのホーフブルク王宮(世界遺産)
ホーフブルク王宮の皇妃エリザベートの部屋
モデル並みのスタイルを維持するためにエリザベートが使ったダイエット器具
やはりダイエット運動のためにエリザベートが使った吊り輪

ウィーンの環状道路の内側に建つ宮殿、大聖堂、博物館、歌劇場など、ハプスブルク家の統治下で作られたものです。

ウィーン郊外のシェーンブルン宮殿(世界遺産)

さらに歴代君主が夏の離宮として使ったウィーン郊外の「シェーンブルン宮殿」も世界遺産。

ハンガリーの世界遺産「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」
ブダペストもハプスブルク帝国の都のひとつだった
ブダペストのマーチャーシュ教会(世界遺産)
ブダペストの王宮(世界遺産)

ハンガリーの世界遺産「ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通り」も、ハプスブルク帝国の時代に築かれた街や教会、王宮です。

チェコの世界遺産「クラドルビ・ナド・ラベムの儀式用馬車馬の繁殖と訓練の景観」

こうした多くのハプスブルク帝国の遺産の中で、帝国が滅んで100年以上経ったいまも現役で稼働しているのがチェコの世界遺産「クラドルビ・ナド・ラベムの儀式用馬車馬の繁殖と訓練の景観」。

牧場はハプスブルク帝国の馬車を引く白馬を飼育するために作られた

ハプスブルク帝国が行う儀式のときに馬車を引く白馬。それを育て、調教するために16世紀に作られた牧場で、実に450年以上の歴史があります。それにしても、ひとつの牧場が世界遺産というのは他に例がないのではないでしょうか。

現在の名称は「クラドルビ・ナド・ラベム国営牧場」といって、チェコ政府によって運営されています。

広大な敷地をもつ牧場

広さは東京ドーム280個分。

牧場の厩舎
厩舎の中の種牡馬たち

広大な敷地の中に、放牧場や調教場、厩舎が点在しています。

牧場で育てられているクラドルバー種の白馬たち

ここで飼育しているのは「クラドルバー」という種類の白馬で、現在は600頭ほど。

馬車を引くため馬体ががっしりしているのがクラドルバー種の特徴
鼻筋が弧を描いて高いのもクラドルバー種の特徴
品評会で1位をとったクラドルバー種の白馬

馬車を引くための馬なので馬体はがっしりしていますが、鼻筋が弧を描いて高く、顎を引いて馬車を引くと、とても「絵になる」容姿をしています。

皇妃エリザベート

このクラドルバー種の馬の肖像画まで持っていたのが、皇妃エリザベート。

美貌とモデル並みのスタイルを持ち、映画や舞台などで幾度も主人公となっているハプスブルク家のスターの一人です。彼女は馬好きで、乗馬もよくしました。

シェーンブルン宮殿に残る黄金の馬車

ウィーンのシェーンブルン宮殿に、ハプスブルク帝国の黄金の馬車が残っているのですが、これを引いたのもクラドルバーの馬たち。

重い黄金の馬車を引くために8頭立て

装飾が多くて重量級の馬車を引くために8頭立てになっていました。

この黄金の馬車には皇妃エリザベートも乗った

エリザベートもこの黄金の馬車に乗ったといいます。

ハプスブルク帝国に由来するこの牧場は番組「世界遺産」でも撮影したのですが、面白かったのは調教の段取り。

まず乗馬用の馬としての訓練を行う
若い馬(前列左)とベテランの馬を組み合わせた馬車の訓練

普通の乗馬用の馬と同じ訓練をした後、ベテランの馬たちの中に1頭だけ若く経験の浅い馬を入れて馬車を引かせ、その若手がベテランたちから習っていくのです。

馬車を引く馬たちの走るリズムはぴったりと合っている

4頭立てなど複数の馬たちの、それぞれの足を上げるタイミングやリズムなどがピッタリ合っており、「馬車には馬車の引き方、走り方があるんだなあ」と感心しました。

クラドルビ・ナド・ラベムの村

もうひとつ興味深かったのは、牧場に隣接しているクラドルビ・ナド・ラベムという村。

馬具職人の村人
村人はクラドルバーの馬と牧場と共に生きてきた

ここの村人は昔から牧場で働いたり、馬具を作る職人になったり、クラドルバーの馬と牧場と共に生きてきました。

牧場で働く人の多くがクラドルビ・ナド・ラベムの村人

1918年、第一次世界大戦で敗れてハプスブルク帝国が崩壊すると、この地域はチェコスロバキアという国になり、やがて社会主義国となります。

王侯貴族のために馬車を引く馬など社会主義と相容れるはずもなく、クラドルバーの馬たちは田畑を耕す馬鍬(まぐわ)を引いたりして使役馬として生き延びました。この苦しい時代の牧場を支えたのも、クラドルビ・ナド・ラベムの村人だったのです。

この牧場で育てられたクラドルバーの白馬は、現在でもデンマーク王室で使われており、儀式・式典で王室の馬車を引いています。

牧場のなかの調教場

まさに「いまも生きているハプスブルク帝国の遺産」なのです。

執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太

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