氷河とそれが生み出した景観はいくつも世界遺産になっていて、番組「世界遺産」でも長年にわたっていろいろ撮影してきました。数年ごとに撮影したものもあり、そこで強く感じるのは「地球の氷河は溶け続けている」ということです。

氷山で埋め尽めくされた入り江

入り江(フィヨルド)を氷が埋め尽くしているのでアイスフィヨルドと呼ばれる

たとえば北極圏にあるデンマーク領のグリーンランドは世界最大の島で、面積の8割が氷で覆われています。そのグリーンランドの西海岸にある自然遺産が「イルリサット・アイスフィヨルド」。フィヨルドとは内陸に深く入り込んだ入り江のことで、普通のフィヨルドはいくら内陸深くまで入り込んでも入り江を満たしているのは海水です。ところがここの場合は、入り江を満たしているのは氷山と氷河。入り江=フィヨルド一面を氷が埋め尽くしているので、アイスフィヨルドと呼ぶのです。地名のイルリサットも、グリーンランドの言葉で「氷の山」と意味します。番組で撮影したのですが、まるで山のように巨大な氷河が、海をただよっていく様子は圧巻でした。

こうした氷山を生んでいるのは氷河です。内陸から流れてきた巨大な氷の河=氷河がフィヨルドまで到達すると崩れ、海に浮かぶ氷山となります。ここでは毎年350億トンもの氷山が生まれ、フィヨルドを埋め尽くしている氷山の量は北半球最多とされます。

1953年以降のアイスフィヨルドの氷河の後退(年表示のある所まで氷河があった)

ところが温暖化の影響で氷が溶け、氷河は入り江の奥へ奥へとどんどん後退していて、特に2000年頃からそのスピードが加速しているのです。

「温暖化の影響が少ない氷河」も顕著な後退

高さ70メートルの氷河が湖に崩落する瞬間

アルゼンチンの世界遺産「ロス・グラシアレス国立公園」にも、1日に2メートル、年間600メートルというスピードで流れていくペリト・モレノ氷河があります。これは海ではなく湖に流れ込む珍しい氷河で、アンデス山中から35キロも流れてきて、湖に崩れ落ちます。ここも番組で撮影したのですが、高さ70メートルもある氷の壁が大崩落する映像は大迫力でした。

ペリト・モレノ氷河は前進と後退を繰り返しながら、平均すると大きさに恒久的な変化が見られなかったことから「温暖化の影響が少ない氷河」といわれてきました。しかし、そのペリト・モレノですら、2021年頃から顕著な後退を続けており、かつてのように前進に転じて大きさを維持できるのかどうか分からなくなってきています。もしかすると、このまま後退を続けて小さくなってしまう恐れがあるのです。

前進・成長を続ける巨大氷河 膨大な氷の供給源

温暖化の中、成長を続けているハバード氷河

このように世界中の氷河が温暖化の影響を受けている中、大きくなりつづけているのがハバード氷河。アメリカ・アラスカ州とカナダにまたがる世界遺産「アラスカ・カナダの氷河地帯」にある巨大な氷河です。この世界遺産は世界最大級の氷河地帯で実に200を超える氷河があるのですが、やはり多くの氷河が後退を続けています。その中でハバード氷河は例外で、長さは120キロ以上あり、年々、前進・成長を続けています。

その秘密は、温暖化で溶ける氷や海に崩落する氷、つまり減る氷の量よりも、新たに供給される氷の量の方が多いからです。膨大な氷の供給源は、世界遺産エリアにあるセント・イライアス山地の氷原。そこは標高5000メートル級の山々に囲まれた世界最大級の氷原で、厚さ最大1000メートルもある氷に覆われています。

大氷原の周囲には標高5000メートル級の山々が点在

太平洋から吹く湿った風が周囲の高い山々にぶつかり、氷の素となる雪を大量に降らせます。ハバード氷河が温暖化に対抗できるのは、この大量の雪のおかげなのです。番組ではこの大氷原を今年6月に撮影しました。早朝、陽が昇るにつれ周囲の山々はバラ色に染まり、氷原は鏡のように輝きます。太陽と氷が生み出す絶景でした。

朝日でバラ色に染まる山々

地球は、今や温暖化ではなく「沸騰化」しているとまで言われます。世界遺産となった氷河の絶景は、この沸騰化にどこまで抗していけるのか・・・少なくとも現在の姿を、番組は映像で記録し残し続けていくつもりです。

執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。