T字形の巨石は神を象ったものか、異世界への扉か
地中海に浮かぶ、スペイン領のバレアレス諸島。ここにはリゾートとして有名な大きな島が3つあるのですが、実は島ごとにひとつずつ世界遺産があります。
まずはメノルカ島。この島には1500以上の遺跡があり、9つのエリアが昨年、世界遺産になりました。
世界遺産としての正式名称は「メノルカ島のタラヨティック文化の先史時代遺跡」。島にはタラヨットと呼ばれる石積みの塔の遺跡が約400もあり、それを生んだ文化がタラヨティック文化と呼ばれます。
約3200年前から千年以上続いた文化ですが、文献資料が島には残っていないためナゾが多いのです。そのひとつが「タウラ」と呼ばれる、島に点在する巨石建造物。ふたつの巨石をT字形に組み合わせているのですが、高さ5メートル、重さは20トンになるものも…
番組「世界遺産」で今年撮影したのですが、巨大なT字形は見れば見るほど「なぜこんなものを作ったのか」と不思議さが増していきます。
この建造物をめぐっては「神を象ったもの」と考える研究者もいれば、「異世界への扉」と考える研究者もいます。T字形巨石の周囲には石垣が築かれていて、この空間でなにか宗教的な儀式が行われていたとされていますが、はっきりとしたことは分かっていないのです。
塔やT字形巨石以外にも、断崖を掘って作られた墓所の遺跡もあり、そこからは島の外で作られた装飾品や器などが副葬品として見つかっています。
島に外国の産物をもたらしたのは、メノルカ島と同じバレアレス諸島のイビサ島を拠地のひとつとした海洋民族フェニキア人と考えられています。
透明な海と、謎の古代海洋民族
船を自在に扱い、地中海をまたにかけた交易で栄えたフェニキア人…イビサ島にはフェニキア人の集落跡などの遺跡が残っていて、やはり世界遺産になっています。
こちらも番組で撮影しましたが、面白いのはやはり墓所。穴ボコだらけの丘があって、その穴ひとつひとつが墓の跡なのです。
さらに地下にも墓所があって、内部には巨大な石の棺が残っていました。棺にはアフリカから運んできたダチョウの卵の細工品などが収められていて、さすが「海の民」という感じでした。
イビサ島もマリンリゾートとして有名ですが、ポシドニアという海中で生育する植物が繁殖している海域があり、そこも自然遺産として世界遺産になっています。
つまりイビサ島にはフェニキア人の遺跡などの文化遺産とポシドニアの海の草原という自然遺産があり、併せて「イビサの生物多様性と文化」というひとつの複合遺産として世界遺産に登録されています。
フェニキア人は古代ローマと地中海の覇権をめぐって争い、三度にわたる戦争=ポエニ戦争を起こしています。ポエニとはラテン語でフェニキア人のことです。第二次ポエニ戦争では、フェニキア人の都市国家・カルタゴの名将ハンニバルが大軍とゾウを率いてアルプスを越えて、イタリア半島に進軍。ローマを瀬戸際まで追い詰めますが、最後は敗北。そして第三次ポエニ戦争で、ローマはついにカルタゴを滅ぼし、地中海の覇者となったのです。
千年続く巨大段々畑
このようにさまざまな民族や国の栄枯盛衰の舞台となった地中海ですが、バレアレス諸島の三番目の島・マヨルカにもそんな興亡が生んだ世界遺産があります。それが「トラムンタナ山脈の文化的景観」。
マヨルカ島の北部にトラムンタナという山脈が走っているのですが、そこに1000年かけて作られた広大なオリーブの段々畑や果樹園などがあります。
元々はイスラム教徒が山の斜面を削って作り始めたもので、13世紀にキリスト教徒がマヨルカ島を征服・支配するようになっても段々畑は作られ続け、今も使われているのです。
番組でも取材したのですが、キリスト勢力に敗れて山奥に逃げ込んだイスラム教徒の人骨なども撮影することが出来ました。山脈の湖で発掘されたもので、住居やモスクの跡も見つかっています。
先史時代の謎の巨石文化、古代ローマに滅ぼされた海の民、そしてイスラム教徒からキリスト教徒へと受け継がれた段々畑・・・スペイン、バレアレス諸島の3つの世界遺産は地中海を舞台にした文化・文明の歴史を物語っているのです。
執筆者:TBSテレビ「世界遺産」プロデューサー 堤 慶太
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