放送中のドラマ『アンチヒーロー』。重厚感あふれる作品を一から作り上げている人たちをご存知だろうか。
美術プロデューサー・二見真史氏とデザイナー・岩井憲氏にインタビュー。ドラマの象徴的な空間でもある法廷セットと、長谷川博己演じる主人公・明墨正樹と複雑な関係を持つ女子高生・牧野紗耶(近藤華)の部屋について深掘りする。
明墨弁護士が弁論を繰り広げ、被疑者を無罪にする重要な場所であり、作品の象徴的空間でもある法廷。数多くの大切なシーンが描かれるこの場所も美術スタッフによって作られたセットで撮影されている。窓からの光が差し込み神聖な場所という印象がある本作の法廷だが、実際の裁判所には窓がないという。ドラマのセットではリアルには存在しない場所に窓を作ることが多いと教えてくれた二見氏。「いい映像には、いい照明設計が必要で役者が光を背負っていることも一つの要素となるので、どうしても必要になるんです」と話す。
「実はこの法廷、全然リアルではありません。忠実な再現はこれまでも作られているので、今回は少し違うかたちに。最高裁判所に取材に行ったのですが、日本とは思えない造りが印象的だったので、その要素をセットにも取り入れてドラマならではの法廷にしています」と、明かすのは岩井氏。さらに、法廷に明墨法律事務所のタヌキレリーフと同じく、不思議なモチーフを発見。岩井氏に聞くと、「何かしらオブジェをつけたいなと思ってオリジナルで作ってみました。実はそれぞれ意味もあるんですけど、今は秘密です(笑)」と微笑んだ。
岩井氏曰く、置物が多い明墨法律事務所に比べると、法廷はある意味、空っぽの箱のような部屋。そのため「窓は縦に長いスリット状の窓にして、光が伸びてくるように。そうすることで壁の表情が出るので、同じ裁判の中でも、光の当たり方やアングルによって印象が変わります」と、随所に映像自体を面白くする工夫が凝らされている。続いて岩井氏が指差したのは、法廷の壁。単純に塗料を塗るだけではなく、色のついた粒を透明な樹脂で固めているそうだ。「本物のコンクリートみたいな凹凸ができるので、光が当たった時に壁の陰影が際立ちます。これに関しては初期からこだわっていて、材料のメーカーに問い合わせを重ねていました。同じく法廷の廊下の床にもかなりこだわっているんです」と、映ってはいるものの目に見えない細かいこだわりを明かしてくれた。
実は超万能!組み替えで3パターンの表情を!
作中では、緋山啓太(岩田剛典)の裁判が行われた法廷、第2話冒頭で弁護士・紫ノ宮飛鳥(堀田真由)が担当した万引きに関する裁判が行われた法廷など、いくつもの法廷が登場しているが、それらはなんと全て同じ法廷セットで撮影されている。窓や壁の位置をパズルみたいに移動させたり、モチーフを外して柱を立てたりすることで、シチュエーションによって3つのパターンに組み替えることができる万能セットになっている。
「第2話の紫ノ宮が担当した裁判、物語の本筋で明墨が扱うメインの事件と同じ法廷で行うことに違和感があったので、少し小さいバーションにして撮影しています。セット撮影のほうが映像もよくなる一方で、法廷をいくつも立てるとコストもかかる。そこでどうにか組み替えられるよう工夫しました」と、コスパと利便性を兼ね備えたセットの秘密を披露してくれた。
色分けはセットにも健在!?法廷のカーペットに秘められた謎
法廷の床にはドラマのテーマカラーでもある至極色を連想させる紫のカーペットが敷かれている。二見氏はこれについて「実はそれぞれの役職でセットのイメージカラーが決まっていて、弁護士は白、検察は赤、法廷は紫となっています。このカーペット1枚とっても一部屋に敷けるほどのサンプルを取り寄せました。全体のセットの統一感や、キャラクターの色彩設定も考慮しています。検事正・伊達原泰輔(野村萬斎)の部屋にもカーペットが敷かれていますが、こちらは話し合いを重ねてバリっとした強い赤に。伊達原のクセの強さを象徴する色合いになったと思います」。
伊達原のデスクを正面から見ると、実は左右対称に近いことがわかる。その理由を聞くと「撮影の関係で最終的に外に出したのですが、本来は部屋の中に柱がある想定でした。その柱を真ん中にして、左右で伊達原の二面性あるキャラクターを表現できたらいいなと思っていて。そういう設定があるとデザインプランは書きやすいですね。一番苦労したのは、やはり明墨の部屋かな。最初だからというのもありましたが、建てている途中は本当に不安でした。いつも実際にライティングされるまで不安なんですよ」と、職人ならではの葛藤を語ってくれた。
初登場!明墨とのシーンのために作り上げた紗耶の部屋
ついに明かされた明墨と紗耶の重く複雑な関係性。この重要なシーンも美術スタッフの心遣いあふれるセットで撮影された。二見氏は、舞台を成立させるだけではなく、より広がりを持たせる空間を作ることができるのは日曜劇場ならではの良さだという。「普通だったらロケにするシーンだと思いますが、芝居が重いので、ちゃんとセットで作り込んで紗耶のキャラクターを出しています。台本上では『紗耶の部屋』とだけ書いてあるのですが、廊下を作って窓も開け、外に洗濯物を干している様子がわかるように。広がりを持たせたセットにしています」。岩井氏は「明墨が紗耶の部屋に入ってくるのですが、あくまで他人の女子高生の部屋なので、密室になるのはどうかなって思ったんです。もともと養護施設の中の一部屋なので、廊下の抜けから職員の目が行き届くことが表現できれば違和感もなくなるのではないかなと」と、短いシーンに込めた思いを語った。
「紗耶の部屋には僕の娘と犬の写真を紛れ込ませています。犬の施設で働いているから、いろいろな犬の写真があってもいいかなと(笑)」と、ここでも遊び心を忘れない岩井氏。ちなみに、接見室の窓の曇りも、岩井氏自らが作品の世界観に合わせて作り込んでいるという。何気なく目に入る全てものに意味がある。それを感じながらドラマを観返してみるのも楽しいだろう。
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