管理職に登用された女性社員が、突然の退職。2029年のある企業の人事部長の告白。

(イラスト:髙栁浩太郎)

特集「女性を伸ばす会社、潰す会社」の他の記事を読む

労働力不足の中、「女性活躍」が叫ばれて久しい。多くの企業が施策を打つが、効果を出す先進企業と変われぬ後進企業との差は開く一方だ。『週刊東洋経済』5月18日号の第1特集は「女性を伸ばす会社、潰す会社」。真に女性を活かすための処方箋とは。※本記事は2024年5月14日6:00まで無料で全文をご覧いただけます。それ以降は有料会員限定となります。『週刊東洋経済 2024年5/18号(女性を伸ばす会社、潰す会社)[雑誌]』(東洋経済新報社)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。定期購読の申し込みはこちら

「女性活躍」を間違った会社経営は、どんな未来を迎えるのか。架空の上場会社、都内にある昭和東洋商事という商社に、それを味わってもらおう。2029年5月、同社の人事部長は、次のような告白をするに違いない。

 

頭の中が真っ白になった。先ほど、1月に営業本部の課長に昇進したばかりの女性社員、木村真美さんが退職を申し出てきた。「引き留める方法はないのか」と彼女の直属の上司から相談があった。

木村さんは、当社が女性登用を進めるうえで重要な社員だった。2013年に入社した同期の中では頭一つ抜けて優秀で、「女性リーダー候補者向け研修」に参加させて、コストをかけて育成してきたというのに……。

女性役員3割以上の大号令

うちはもともと「男性社会」を煮詰めたような商社だった。5年前まで女性管理職比率は5%だった。それが「30年までに上場企業の女性役員3割以上」を求める政府目標もあって、24年からまずは女性管理職比率3割を目指せ、と社内に大号令がかかった。

私は人事部長として社外の人事担当者ともよく交流している。競合の新令和商事などは、とっくに女性管理職が3割を超えて、生え抜きの女性執行役員、女性取締役を何人も出している。

最近はどの機関投資家も、上場企業に関しては女性取締役が最低2人いないとトップの再任にノーを言ってくる。うちも何とか2人集めた。弁護士と会計士の女性だ。

社内出身の女性取締役はまだいない。「女性役員3割」の目標は、この社外取と、部長未経験の室長クラスの女性を何名か執行役員に昇格させることで切り抜ける算段だ。それにしても、うちの社長は、会社に人生を懸けて上り詰めた人だから「女性活躍は重要だ」と掛け声はいいが、内心は面倒がっている。目標だけを掲げて、あとは人事部に丸投げだ。

ここ数年、私たちは急ピッチで女性活躍施策を進めてきた。

一般職の女性を積極的に総合職に転換させ、総合職女性の新卒採用も増やした。女性をリーダーにするためのトレーニング方法もたくさんつくった。木村さんは、その成功例だと思っていた。

「気遣い」が裏目に

もっとも最近の木村さんは、以前よりは精彩を欠いていた。4年前に出産。「まだお子さんが小さいから」と業務負担を軽くし、育休復帰後は男性営業部員の補佐に回ってもらった。本人は「営業補佐ではなく、担当社数を減らしても営業を続けたい」と言っていたが、保育園の送迎に遅れるし、無理をさせるわけにはいかないという気遣いだった。人事評価も、相対評価ゆえにここ数年は低迷していた。ほかの営業部員は20時ごろまで働いているのだ。仕方ない。

それでも、木村さんのポテンシャルが高いことから、この1月に課長に登用することにした。本人は「マネジメントの自信がまだない」と躊躇したが、「とにかくやってみろ」と承諾させた。人事部の本音としては、残り1年を切った「女性管理職3割」目標の達成に焦っていた。

営業補佐だった人をいきなり課長にしたので、周囲の不満は強かったようだ。「数字合わせではないか」「実力主義に逆行する」。木村さんが補佐していた営業の男性はまだ一般社員のままだったから、「逆差別だ」と担当部長に直談判したとも聞く。

子どもの都合で早退するとき、木村さんは心底申し訳なさそうな顔をしていた。努力家だから、日中やり残した仕事は、子どもを寝かしつけた後、深夜までやっていたらしい。退職を告げる面談で木村さんは上司にこうこぼした。「会社からの期待の大きさに、すっかり疲れてしまいました」。

管理職に登用した優秀な女性が辞めるのは、実は木村さんで5人目だ。現場は人手不足で悲鳴を上げている。24年の時点で約6728万人いた日本の就業者は、少子高齢化の影響で、毎年50万人規模で減っていて、今は6400万人ほどだと新聞に出ていた。

内定を辞退し他社に逃げていく

当社の新卒採用も、最近は優秀な人材が集まらなくなった。「筋のいい学生だ」と思った人でも、女性管理職比率の低さ、平均残業時間の多さを知ると、「ちょっと……」と辞退されてしまう。

女子学生だけではない。男性育休の取得率開示が政府によって全上場企業に義務づけられ、毎年経済メディアにランキングが出てしまう。当社の取得率の低さがわかると、今どきの若い男性は内定を辞退し、他社に逃げていく。

定年退職した社員の再雇用を拡大しているが、現役社員ほどには生産性が上がらない。

ああ、計画を練り直さなければ。20年ほど前、うちは業界トップシェアの商材をいくつも抱えていた。しかし、今では新令和商事をはじめとした競合に水をあけられる一方だ。今の当社には、とにかく新しい視点が足りない! 若い社員の意識の低さが問題なのか、当社の育成に問題があるのか。

今日も帰宅は遅くなりそうだ──。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。