世界の半導体大手企業と30年以上にわたり仕事をしてきた業界内では知る人ぞ知る伝説級エンジニアが、皆さんを知られざる半導体工場の世界にお連れします。

半導体工場は世界各地にある。写真は本文の工場とは無関係の中国の半導体工場(写真:Qilai Shen/The New York Times)※この記事は5月7日6:00まで無料でお読みいただけます。それ以降は有料会員向けとなります。

ゴールデンウィークも終盤です。家族や友人と、または1人でいろんなところにお出かけして楽しんでいる方もいれば、混雑が嫌だからと家でのんびりすごされている方もいるでしょう。

ただ、せっかくの連休です。少しくらいはいつもと違う雰囲気を味わってみませんか。ということで、最近何かと話題の半導体が作られる現場に読者の皆さんをお連れして、ほぼ毎週日本や台湾、アメリカ、ヨーロッパなど世界各地の半導体工場を飛び回る現役エンジニアの情ポヨが解説していきます。

といっても、残念ながら実際に現場に連れて行けないので、記事でのご紹介です。セキュリティも厳しいので写真などもなく主にテキストだけです。それでも半導体に普段馴染みのない皆さんに半導体工場やそのセキュリティの雰囲気を知ってもらえたら嬉しいです。

なお、下記で登場する企業や工場は架空のものです。また資料にはニューヨーク州立工科大学のSUNY Poly EH&S TrainingのCleanroom Safetyのものを引用しています。

半導体工場に入る前から大変!

まず一般人は半導体工場に入れません。そこで今回、皆さんは日本が誇る半導体製造装置メーカー「ダイコン」のフィールドサービスエンジニアです。ようやく社内研修を終えて、とある東アジアの島国にある顧客の半導体工場に先輩数人および社外のベテランエンジニアである情ポヨと一緒に行くことになりました。

東京の羽田空港から3時間ほどのフライトを終えて先方がいる国の空港に着くと、お迎えの革張りシートのハイヤーがきています。それに1時間ほど揺られると目の前に先ほどまで乗っていた飛行機が十数機も入りそうな巨大な半導体工場が現れます。

その工場に正面のエントランスから入って、会議室のようなところに案内されます。そこで事前に申請していた仲間数人とともにまずは安全教育を受けます。安全教育は現地の言葉で作られた動画ですが、日本語と英語の字幕も付けられており、行ってはいけない場所、触ってはいけない物、安全上のトラブルがあった場合の対応方法、緊急通報先や避難場所など、その半導体工場における重要な内容が1時間ほどかけて説明されます。

ようやく説明が終わって一息つけるかと思いきや、なんとペーパーテストがすぐに行われます。テスト用紙は日本語、英語、現地語の3種類から選択できます。しかしながら日本語版は微妙な訳が多く、自動車免許取得時の筆記試験に出てくるようなひっかけ問題となってしまっているので、大手企業ダイコンに採用されるほどの能力がある皆さんは英語版を迷わずに選択すべきでしょう。このテストで不合格になると再テストで合格するまでクリーンルームに入れません。ただし、優秀な皆さんは満点で合格するので大丈夫です!

半導体工場における安全教育の教材例(出所:ニューヨーク州立工科大学)

案の定、あなたは満点合格を決めますが、合格が当たり前なので大してほめられません。しかも、すぐに構内のコンビニエンスストアに行かされて入構許可証発行手数料を納付させられます。その納付証明書とパスポート、先ほど合格した安全教育の証明書を持って、工場内の警備部門で入構許可証用と顔認証用の写真撮影を行います。そして、翌日の許可証発行を待つために、その日はいったん工場を離れてホテルに行きます。

翌朝、無事に入構許可証が発行されて通知を受け取ったあなたは工場に再び行く準備を始めます。今回の作業に使用する製造装置の交換部品がすでに顧客に届いているか、装置のアップデートプログラムも事前に送付して、顧客のほうでもウイルスチェックが完了しているかなど事前準備がちゃんとできているか確認します。それらが記されたショートメールがその顧客との専用のスマートフォンに来ているかを確認します。

いよいよクリーンルームへ

今日の作業に使用する工具類と消しかすなどが出ないクリーンノートを透明なバッグに詰めます。そしてホテルから現地のダイコンが所有する専用バスで工場に向かい、ゲート前で降りて顔認証で入場します。

前日とは異なる作業員用のクリーンルームの入り口から今日は工場に入ります。クリーンルームの入り口となる前室で作業着と靴をロッカーに仕舞い、改めて入構許可証をかざして中に入ります。透明バッグや財布などを横に置いて、金属探知機によるチェックも受けて、透明バッグの中身を担当者が確認します。これも情報を盗まれないようにするためです。

ここでようやくクリーンウェアに着替えます。その手順は以下の通りです。罰金を払うことになりかねないので間違えないでくださいね。

1. ヘアネットを被る
2. マスクをつける
3. 手袋をはめる
4. 安全メガネを装着する
5. クリールーム用ヘルメットを被る
6. フードを被り、クリーンウェアを着る
7. 安全仕様のクリーン靴を履く
8. 水洗シャワーで手を洗うクリーンウェアの更衣例(出所:ニューヨーク州立工科大学)

着替えた後は専用の測定器に両足を載せてまず帯電量をチェックします。そして、クリーンシャワーを兼ねた通路を風を浴びながら抜けると、ようやくクリーンルームです。

工場の入り口からここまで30分近くを要したので、あなたはもううんざりしているかもしれませんが、実はまだマシなほうなのです。規模の小さい会社に在籍している人は工場の入り口から遠い駐車場より20分以上歩く場合もあります。大手のダイコンに入社できたことを誇らしく思うことでしょう。

なおクリーンウェアで誤った着方をしたり、持込禁止物が見つかったりすると罰金となりますが、実際に罰金を受けた人がいるかは誰も知りません。

さて、初めてこの工場のクリーンルームに入ったあなたの最大のミッションは自分が作業する装置の所まで行って、クリーンルームの出口まで無事に帰り着くことです。なにせ旅客機が十数機も入るくらいの巨大工場です。迷路のような複雑な通路を覚える必要があるのです。

ヘンゼルとグレーテルの童話を思い出してクリーン用紙の切れ端を目印に落としていっても無駄です。コロコロローラー(粘着クリーナー)を持った清掃担当の年配女性がすぐにきれいにしてしまいます。

とはいえ、今回は心配ご無用です。この工場に何百回も入ったことのある情ポヨが今回はいます。作業を終えたあなたは今度来るときのために懸命に「迷路」を覚えながら、情ポヨとそのほかの先輩と一緒にクリーンルームを「脱出」することができました。そして無事に出張を終えて、日本に戻るのでした。

セキュリティがともかく厳しい半導体工場

今回はフィールドサービスエンジニアが半導体工場に入る例で説明しましたが、お伝えしたかったポイントは以下となります。

・身分証明書と本人がひもづけされる、つまり他人が入構許可証を使うことはできない
・USBメモリやカメラ等の持ち込みはできない
・作業に必要な部材は顧客に事前に送付しセキュリティチェックされる

打ち合わせなどで顧客を訪問する場合、パスポート(身分証明書)や携帯電話は入門時に預けるのが基本ですが、プレゼンテーションにPCを使用する場合は事前申請のうえ、入出力部すべてに封印シールを貼ることになっています。多くの煩雑な手続きを嫌ってプレゼン用の資料を事前に顧客に送ったうえで、顧客専用スマートフォンと筆記用具だけを持って営業活動する者が多いのもこの地域の特徴です。

そしてセキュリティ対策で何より一番重要なのは社員や関連会社社員の管理です。これまでの表面化している情報漏洩のほとんどは内部関係者によるものだからです。社員がアクセスできるレベル・範囲を細かく設定し、アクセスログがすべて保存されるのは当たり前。一昔前にあったような自宅に戻って残った作業をすることはすでに不可能です。

なお、サイバー攻撃への対応に関しては、「『TSMC熊本進出』を台湾有事ばかりで語る人たちへ」の後半で詳細に触れているので、興味がある方は有料会員向け記事ですがご覧ください。

セキュリティ対策に関しては各社の企業秘密に関することなので、今回の半導体工場ツアーで触れてきた内容は表面的なことにとどまることをご理解ください。ちまたで言われているような企業スパイ等への対策は半導体各社それぞれ独自に進化しているのです。

最後に、今回の半導体工場ツアーで興味を持った皆さん、恐れずに半導体業界に飛び込んできてください、大歓迎です!

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