やわらかいお餅の上になめらかなこし餡をのせた伊勢の名物「赤福餅」。伊勢神宮内宮のおはらい町にある赤福本店はいつも「赤福餅」や「白餅黒餅」を求める大勢の客で賑わっている。その並びに赤福が手がける「五十鈴茶屋」があるのをご存じだろうか。
店内の奥には喫茶スペースがあり、ここでも庭園や五十鈴川を眺めながら赤福と抹茶のセットが楽しめる。店内には立春や春分、夏至など二十四節気ごとに発売される節気菓子や旬のフルーツが丸ごと入った季節限定菓子などが並び、目を楽しませてくれる。
「あずきバターサンド」のおいしさに驚愕!
興味を引いたのは、シュークリームやロールケーキ、プリンなど洋菓子の数々。和というイメージが強い赤福が洋菓子も作っていたことを恥ずかしながら初めて知った。赤福のオンラインショップでは、五十鈴茶屋の商品も扱っていて、その中でも小豆がたっぷりと入ったバタークリームをクッキーでサンドした「あずきバターサンド」という商品に思わず目が釘付けになった。
早速取り寄せて食べてみると、バタークリームが口の中で溶けていくとともに、ラム酒の香りがふわっと広がる。小豆のつぶ感も心地よいアクセントになっている。バタークリームの味を邪魔せず、むしろ引き立てている生地のやさしい味わいも実に計算されていると思った。
伊勢神宮内宮そばのおはらい町にある「五十鈴茶屋」本店(筆者撮影)筆者が暮らす名古屋はあんこや小豆が大好きな土地柄。名物の「小倉トースト」をイメージしたお菓子が駅や高速道路のSAでお土産物として売られていて、どれがおいしいのか食べ比べをしたことがある。しかし、満足するものはほとんどなく、ガッカリしたことを覚えている。そもそも比較すること自体が間違っているかもしれないが、筆者の中では「あずきバターサンド」が小豆系のお菓子の中でぶっちぎりの1位をマークした。
あまりのおいしさに「あずきバターサンド」が赤福の手がける「五十鈴茶屋」で売られていることを忘れかけていた。洋菓子はいつ頃から、何をきっかけに作り始めたのだろうか。そして、「あずきバターサンド」はどのようにして誕生したのだろうか。どうしても話を聞いてみたくなり、赤福の明野工場を訪ねた。
洋菓子のラインナップ増はコロナ禍から
「2006年に『五十鈴茶屋』の五十鈴川店がオープンして、当時は駐車場が無料だったこともあって、地元のお客様がよく買いに来られていました。それで新たに日持ちのする洋菓子の種類をもっと増やそうということになり、洋菓子職人の方から技術指導を受けながら商品開発も同時に進めていました」と話すのは、赤福の五十鈴茶屋本部商品開発課の川瀬勝利さんである。
餡をこねていた人がある日突然ケーキを焼くことになったわけである。当時、すでに和菓子職人として働いていた川瀬さんもその一人だったそうだが、和菓子の職人が洋菓子を作るのは、和食の料理人がフレンチを作るようなものではないのか。
赤福・五十鈴茶屋本部商品開発課の川瀬勝利さんと奥田優那さん(筆者撮影)「おっしゃる通り、カスタードクリームを何度焦がしたかわかりません。餡を炊いた水蒸気で洋菓子をダメにしてしまったことも多々あります。技術も原材料もお菓子を作る環境の違いもわかっていませんでしたが、ものを作るという点では同じだと信じて作り続けているうちにできるようになりました」(川瀬さん)
当初は和三盆や白あんを用いて和のエッセンスを採り入れたシュークリームやロールケーキなど定番の洋菓子が中心だったが、現在は常時10種類以上が店頭に並ぶ。ここまで種類が増えたのは、2020年に新型コロナの感染拡大がきっかけだった。赤福、五十鈴茶屋のそれぞれの店舗も営業自粛を余儀なくされ、その中で自分たちにできることを模索し続けた。
オンラインショップを充実させたり、LINEやインスタなどSNSを使って情報発信したりしたのもこの頃からだった。コロナ前まではわざわざSNSで発信しなくても客が来ていたのである。1944年から5年間、太平洋戦争の激化によって休業して以来の未曾有の危機に瀕して、当たり前が当たり前ではなくなったのだ。
小豆と米を知り尽くした職人から生まれた洋菓子
「社内では、商品開発課のメンバー1人につき新商品のコンセプトをいくつか出すように言われました。それで市場調査を兼ねて他社で人気の商品をいろいろ買ってきて試食を繰り返しながらコンセプトを練っていきました。それでも開発のゴーサインが出るのは10本のうち1本あるかどうかでした」(川瀬さん)
こし餡をブレンドした米粉の生地が絶妙な和風フィナンシェ「饌 SEN-azuki-」3個入り、900円(筆者撮影)その時期に開発を進めて、2023年11月に発売されたのが和風フィナンシェの「饌 SEN-azuki-」である。生地にこし餡をブレンドした米粉を使用し、さらに小豆をちりばめて焼き上げた一品だ。
実際に食べてみたところ、米粉ならではのもっちりとした触感とこし餡の風味、そして、小豆のつぶ感がマッチしていて、とてもおいしかった。フィナンシェの発祥はフランスだが、日本の職人の手にかかると、ここまで複雑な味わいを表現できるのだ。まだまだ日本も捨てたものではない。
「赤福餅」(12個入り、1300円)。伊勢神宮神域を流れる五十鈴川のせせらぎをかたどり、餡につけた三筋の形は清流、白いお餅は川底の小石を表しているという(写真:赤福)ここで注目したいのは、「饌」の原材料である米粉とこし餡、小豆。「饌」はうるち米、「赤福餅」はもち米。米の違いはあれど日本人の最も大切にしている稲作という原点がある。つまり、違う製造工程を辿ると「赤福餅」から「饌」に生まれ変わるのだ。もう、ブランディングとしては100点満点である。
「やはり、弊社の商品の行き着くテーマは小豆とお米なんですよね。ちなみに『饌』という商品名は、神事で神様にお米などの穀物をお供えする『神饌(しんせん)』が由来です」(川瀬さん)
「あずきバターサンド」誕生秘話
また、川瀬さんの部下で「あずきバターサンド」を開発した奥田優那さんが洋菓子の職人として入社したのもコロナ禍でのこと。
奥田さんは専門学校で洋菓子を専攻していたが、卒業後は和菓子店で5年間働いていた。その経験を生かすことができたら洋菓子作りの幅が広がると思って入社したという。「あずきバターサンド」の開発は、バターサンドを和風にアレンジしてみようと思ったのがきっかけだったが、完成するまでには苦難の道のりが続いた。
「バタークリームと小豆をいかに馴染ませるかがカギでした。バタークリームは味と香りが強いので、どうしても小豆の風味が負けてしまうんです。そこでメレンゲを加えてふんわりとした口当たりにしようと思いました。でも、バタークリームとメレンゲの比率がつかめず、それぞれの分量を調整しながら作って、ベストな比率を見つけるしかありませんでした」(奥田さん)
「あずきバターサンド」は、「五十鈴茶屋」本店や赤福のオンラインショップでも購入できる。百貨店の催事でも販売され、評判も上々だ(写真:赤福)「あずきバターサンド」は、2022年11月から試作と試食を繰り返して、翌2023年8月に発売された。時間の経過とともに出てくるメレンゲの水分を抑えるためにゼラチンを用いたり、小豆の旨味が抜けないように粒を残したまま茹でて、一晩ラム酒に漬けこんだりと、「あずきバターサンド」には洋菓子職人としての奥田さんの知識と経験、そして赤福餅で培った小豆の加工技術が詰まっている。
ちなみにクッキー生地は、三重県産小麦「あやひかり」と2種類の国産バターを使った「五十鈴茶屋」で人気の「おかげ犬サブレ」がベース。しかし、小豆の味と風味がより引き立つように、あえてあずきバターサンドではサブレそのものの香りを抑えて仕上げている。
メレンゲやゼラチン、ラム酒は洋菓子に使われるものだが、食べてみると、小豆の味と風味が前面に出ているため、和菓子に寄せていることがわかる。小豆のおいしさや風味を知り尽くしているからこそ生まれた唯一無二の商品なのだ。
「これからも小豆や餡にこだわり、お客様に喜んでいただけるような商品を作ってまいります」と、川瀬さんと奥田さんは口を揃えた。これからも赤福が手がける「五十鈴茶屋」の洋菓子に注目していきたい。
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