効果を「社会への影響」で考える手法が、投資の概念を変えるかもしれない。

(写真:Getty Images)

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『週刊東洋経済』4月27日-5月4日 合併号の第2特集は「インパクト投資の衝撃」。事業活動の社会や環境などへの影響を評価し、金融面で後押しする「インパクト投資」の最前線をリポートする。※本記事は2024年5月9日6:00まで無料で全文をご覧いただけます。それ以降は有料会員限定となります。2月1日に配信した記事を、最新動向を踏まえて再構成しました。

【配信予定】5月3日(金)
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サステイナビリティー(持続可能性)からインパクト(影響)に──。

最近、CSR(企業の社会的責任)やESG(環境・社会・企業統治)に対する意識が高い企業から、そうした声が出始めている。

「インパクト」とは、事業活動の社会や環境などへの影響のことを指す。インパクトにはポジティブ(プラスの効果)とネガティブ(マイナスの効果)の両面があり、ネガティブ面を減らし、ポジティブ面を増やすことで社会がよりよくなるというのが基本的な考え方だ。

こうした考え方を積極的に取り入れている企業の1つがキリンホールディングスだ。同社は、サステイナビリティー関連情報のURLのディレクトリーを2021年に「sustainability」から「impact」に変えた。「社会との価値共創でポジティブインパクトを創出していく意思を込めて、変更した」(コーポレートコミュニケーション部)という。

ほかにもLIXILが「インパクト戦略」を掲げ、世界的な社会課題解決に取り組んでいる。

このインパクトを投資の際に評価し、金融面で後押しするのが、「インパクト投資」だ。投資成果に「インパクト」を考慮することで、従来は難しかった投資や融資を可能にしている。

ベンチャー投資に活用

CSRでもこうした考え方があるが、企業活動で発生するネガティブ面の削減意識が強く、ポジティブ面を含めた定量的評価があまりできていない。

ESG投資でもインパクトの意識は弱い。いまだに非財務情報を環境(E)、社会(S)、企業統治(G)に分け、評価基準に従って得点化している。最終的に総合評価が高い企業が選ばれ、低い企業は除外されることが多い。

その点インパクト投資は、経済的リターンに加え、社会課題解決への具体的なインパクトを考慮する。例えば、規模の小さいスタートアップが、二酸化炭素排出削減を実現する高い技術を持っていれば、社会への影響度を評価し、「投資効果」として反映する。

大きな金銭的利益を生み出す開発案件やビジネスモデルでなくても社会へのインパクトが大きければ、投資価値があると認められるのだ。とくにスタートアップ企業に投資を促す材料の1つとして着目されている。

インパクト投資という概念は07年の米ロックフェラー財団の提唱に始まる。09年には、同財団と機関投資家が中心となり、インパクト投資推進団体GIINが設立された。

13年のG8サミット(主要8カ国首脳会議)では、議長国の英キャメロン首相の呼びかけで「G8社会的インパクト投資タスクフォース」(その後GSGに改称)が設立され、その名が世に広まった。

英国ではすでに、短期受刑者の再犯率低下を目的に刑務所の運営を民間に任せ、再犯率が基準を下回れば成果として金銭リターンを得られる債券(ボンド)を発行するという取り組みが行われていた。

それを参考に、社会的インパクトを数値化し、その成果報酬を支払う「ソーシャル・インパクト・ボンド」の拡大が進められた。その後、社会的インパクトと経済的リターンの双方を同時に達成するための、「社会的インパクト評価」の考え方が広がっていった。

金融庁が指針を作成

この新しい考え方を日本政府も積極的に後押しする。

金融庁はこの3月に「インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針」を公表した。社会的課題解決における実際の効果を明示するとともに、インパクトを評価した投資の推進を促している。22年10月に発足した有識者会議での議論が進められ、指針は最終案の段階で大幅な修正が入ったが、何とか公表にこぎ着けた。そこではインパクト投資の基本的要素として、次の4項目が挙げられる。

①実現を「意図」する「社会・環境的効果」が明確であること

②投資の実施により、効果の実現に貢献すること

③効果の「特定・測定・管理」を行うこと

④市場や顧客に変革をもたらし、加速しうるよう支援すること

いずれも重要だが、最初に考えるべきなのが、①だ。どんな社会課題をどう解決していくかを明確にすることが起点となるからだ。

ESG投資とインパクト投資の違い

下図に示した例では、その企業の技術を活用し、(温室効果ガス)排出量を減らすことで、「80%削減」が実現できる。

23年11月には、岸田文雄首相の主導で、官民連携のインパクトコンソーシアムが設立された。今後、分科会やフォーラムの開催を予定しており、国内でインパクト投資の普及が期待されている。

金融機関もインパクト投資に力を入れ出した。GSG国内諮問委員会が行った国内金融機関などへのアンケートでは、22年度のインパクト投資残高は5兆8480億円で、回答数は異なるが19年度の3179億円から大幅に増えた。

さらに21年10月には三菱UFJ信託銀行が、インパクト投資を国内で推進する社会変革推進財団と連携してインパクト投資を開始した。四半期ごとのインパクト投資会議や、投資先企業との対話を行うなど、これまでのESG投資とは一線を画す。

標準的な指標の確立が求められる

現在、ベンチャー投資などで使われるようになっているが、課題もある。それは評価が内部情報に基づくという点だ。こうした内部情報が客観的に見て適正なものかどうかを判断する必要がある。

そこで日本経済団体連合会は22年6月に具体的なインパクト指標の提言を行った。そこには、「社会課題の解決に資する製品・サービスが売上高全体に占める割合」「調達先・国の分散化率」「従業員エンゲージメント指標」など多くの定量的な指標が並ぶ。

ただ、社会課題へのインパクトを判断するには十分とはいえず、標準的な指標が算出可能かも含めてハードルは高い。

インパクト投資に詳しい日本政策投資銀行設備投資研究所の松山将之主任研究員は「現状ではESG投資の発展形という位置づけになってしまう」と警鐘を鳴らす。

今後、標準的な指標の確立が求められるが、それが実現すればインパクト投資はさらに広い形で利用されることになるだろう。

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