炭素会計ビジネスの展望について、パーセフォニのケンタロウ・カワモリCEOに聞いた。

パーセフォニのカワモリCEO。2020年1月に炭素会計プラットフォーマーの同社を創業、世界展開を進める(撮影:尾形文繁)パーセフォニは企業による二酸化炭素(CO2)など温室効果ガス排出量の算定・開示・削減を支援するクラウドサービスを提供するスタートアップ企業だ。2020年1月にアメリカで創業し、「炭素会計」と呼ばれる煩雑な手続きをデジタル化し、顧客を開拓してきた。現在、温室効果ガス排出量などサステナビリティに関する情報開示のルール形成が世界規模で進んでいる。欧州連合(EU)や日本、カナダ、アメリカ・カリフォルニア州など各国・地域で、サステナビリティに関する情報開示を法的に義務付ける動きが進展している。アメリカでは、証券取引委員会(SEC)が2024 年3月6日、同国の企業などに対して温室効果ガス排出量の情報開示を義務付けることなどを定めた規則を採択した。だが、混乱も見られる。無効を求める多くの訴訟を起こされたことを踏まえて4月4日、SECは同規則の施行を一時停止すると発表した。アメリカや日本、EUなど主要国・地域の動向は、温室効果ガス排出量開示など企業のサステナビリティへの取り組みや、パーセフォニのビジネスにどのような影響を与えるのか。最高経営責任者(CEO)を務めるケンタロウ・カワモリ氏にインタビューした。※本記事は2024年5月4日6:00まで無料で全文をご覧いただけます。それ以降は有料会員限定となります。

――2023年6月に、IFRS財団傘下の国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が企業のサステナビリティ関連の情報開示についての国際基準を最終決定し、2024年1月に発効しました。これを踏まえ、各国・地域でサステナビリティ関連の情報開示の法制化が進みつつあります。

2002年に施行されたアメリカのサーベインス&オクスリー法では、企業の財務情報の開示に関し、企業の最高経営責任者(CEO)および最高財務責任者(CFO)の責任が厳しく定められている。今後、気候変動に関する情報開示においてもCEOやCFOによる署名が求められる。気候関連のデータに不正や重大な不備があった場合に、CEOやCFOの刑事責任に発展する可能性もある。情報開示ルールへの対応はきわめて重要だ。

EUや日本、カナダなどでルール導入進む

――しかし、アメリカではSECの規則導入に反発する声も強く、規則の無効を争う裁判が決着するまでには相当の時間がかかると見られます。SECが規則を一時停止したことによる、開示に対する企業の意欲の低下、排出削減への取り組みの遅れの懸念はありませんか。

今回の件が、企業の取り組みや当社のビジネスに大きな影響を与えるとは思えない。なぜならば、EUやカナダ、日本、シンガポールなど多くの国・地域において、サステナビリティ情報開示の法制化に向けた大きなうねりがあるからだ。

アメリカ国内でも重要な動きがある。先行するカリフォルニア州では、温室効果ガス開示に関するルールが2026年初頭に施行される予定だ。カリフォルニア州での施行はSECの予定よりも早く、開示義務の対象となる範囲も広い(下表参照)。

つまり、アメリカの多くの企業はSECのルールが有効になる前に、カリフォルニア州のルールに基づく開示が求められる。同州の規制対象には、SECルールから外れている中小企業も含まれる。他方、SECルールについては、政治的な思惑から今後も議論の対象となることは間違いない。

――SECの規則では、顧客による製品の使用や投融資先での排出などのスコープ3は対象として含まれず、スコープ1(燃料の燃焼などの直接排出)およびスコープ2(電力の使用などエネルギー起源の間接排出)にとどまります。脱炭素化を後押しする力としては弱いのでは。

SECの規則ではスコープ1、2だけが対象だが、カリフォルニア州やEU、日本、シンガポールやカナダのルールでは開示対象にスコープ3が含まれる。こうしたことからも、スコープ3の算定・開示は多くのアメリカ企業にとっても事実上必須となる。

スコープ3の排出量を正確に把握し開示するためには、取引先などサプライチェーンに関係する企業と連携し、正しいデータを入手しなければならない。そのためには、負担が少ない方法を採りつつ、いかにデータの質を高めていくかが重要になる。

日本も世界の開示ルールと足並み

――日本ではサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が2024年3月29日に、気候関連開示基準の草案を公表しました。金融庁はプライム市場に上場する時価総額が大きい企業を対象として早ければ2027年3月期から、SSBJ基準にのっとったサステナビリティ開示を義務付ける方向です。

日本の動きは当社としても期待していたものだ。日本も、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)によるグローバルでの開示ルールに足並みをそろえたことを意味する。これはG7(先進7カ国)間における脱炭素化に関する共通目標に、日本がコミットするという意味も含まれている。

こうした日本の動きは、日本企業が今後、アジア太平洋地域を含む国際市場でビジネス展開していくうえでも重要だ。特にシンガポールがアジア・太平洋地域における気候変動対策のリーダーとして名乗りを上げている中で、日本も競争力を高めていく必要があるからだ。

――日本では多くの上場企業が任意開示の仕組みであるTCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言に賛同し、コーポレートガバナンス・コードの改訂を機に、任意での情報開示も始まっています。日本企業の温室効果ガス排出量の算定・開示の質的水準は。

サステナビリティ開示が進んでいるアメリカの大手企業と比べると、1年から2年くらい遅れている印象がある。まだ多くの企業がスプレッドシートを使用して温室効果ガス排出量開示に関するデータ管理をしており、データの正確性など質的向上の要求レベルに追いついていない。

ただ、最近では地銀10行が当社製品を採用したように、スコープ3に含まれる投融資に関する排出量をしっかり算定していこうという積極的な動きも出てきている。

Kentaro Kawamori/パーセフォニ最高経営責任者(CEO)兼共同創業者。大手テクノロジー企業で技術職や経営職を歴任、チェサピーク・エナジーでは最高データ責任者を務めた。2020年1月に炭素会計支援パーセフォニを設立。Forbes 30 Under 30(フォーブズが選ぶ30歳以下の30人)にも選ばれた(撮影:尾形文繁)

――炭素会計市場の今後の見通し、そしてパーセフォニの現状と展望は。

当社の試算では、2027年までに全世界で約5万社が規制に基づく温室効果ガスの排出量の開示をしなければならなくなる。

中小規模の企業でも対応できるようにすべく、企業が自前で簡単にスコープ1と2を算定できることを目的とした炭素会計ツールの無料版を2024年3月にアメリカで導入した。日本でも夏頃までには導入したい。マイクロソフトと協業し、AI(人工知能)を活用したサービス機能の拡充にも力を入れている。

現在、当社の製品を使用している顧客は1000社以上にのぼる。現状は創業して最初のステージの終わりが見えてきた段階だ。

アメリカでは一定の成功を収め、認知度も非常に高まってきた。日本での認知はまだ途上にあり、これからも伸びしろがあると考えている。今後はアジアの市場にも積極的にアプローチしていきたい。

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