脳性マヒに発達障害、統合失調症
「障害に対する負い目はまったくない。自分の努力次第で、きちんと会社の力になれる」と胸を張るのは、福岡県久留米市出身の筒井華菜子さん(34歳)。
筒井さんは約1000グラムで誕生し、後に脳性マヒが発覚。全身が動きにくく、伝い歩きしかできない。移動には電動車いすが必要で、同じ姿勢を長時間にわたり維持するのも難しい。
しかし、そうした障害を乗り越え、北九州市立大学の外国語学部を卒業。地元の住宅設備メーカーの契約社員としてキャリアをスタートさせた。与えられた業務は製品の輸出入に関わる英文書類の作成や翻訳だった。
「健常者の同期に負けたくない」と、残業もいとわず、がむしゃらに働いた。壁にぶつかったのは3年目。新人扱いが終わり、仕事の速さを求められるようになった。
筒井さんは両上肢にもマヒがあり、パソコンの操作に少し時間がかかる。会社側も事情を理解していたが、「もっと頑張れ」と命じられた。深夜まで作業しても締め切りに間に合わない案件が増え、焦りや不安が募った。細かなミスも続出し、上司に叱責されるようになった。
この時期には発達障害も判明。精神的に落ち込み、業務にも影響する負のスパイラルに陥る。結局、会社から雇い止めに遭った。
ハローワークを経由し、次は地元の大学で事務補助員として働いた。有期雇用のアルバイトで賃金は低かったが、仕事の内容は充実していた。高い語学力を見込まれ、研究者が海外の大学や企業と共同プロジェクトを始める際の契約業務を任されたのだ。気持ちも上向き、障害と少しずつ向き合えるようになった。どうすれば円滑に仕事が進むかを考え、実行した。
身体障害との付き合いでは電動車いすのリクライニング機能を活用。1時間に1回、5分ほどかけて全身を動かし、強張りやすい筋肉の緊張をほぐす。疲れがたまると、集中力が散漫になり、誤りが増えると気付いたからだ。
発達障害への対処法もわかってきた。任された案件をうまくスケジューリングして早めの取り組みを心掛けるように。提出期日の前日までに書類を完成させ、必ず2回は見直すことでミスは確実に減った。
スピードを追求するため、特技の速読術をさらに磨いた。休日はITスキルやマネジメントの本を読んで新たな知識を学んだ。コミュニケーションの面でも、相手の立場を考え、伝わりやすい言葉を投げかけるようになった。
東京五輪の組織委員会でも活躍
自信を得た筒井さんは、「国際的な舞台で活躍したい」という幼少期からの希望を叶えるため、東京オリンピックの組織委員会に応募。契約社員として採用され、上京して1人暮らしを始めた。組織委の内外に出す文書の英訳と和訳を務め、「夢のような時間を過ごせた」と充実した日々を振り返る。
五輪閉会後も東京に残り、次はIT企業の非正規雇用で働いた。だが、体調を崩して入院し、統合失調症を発症したこともあり、2023年12月末で退職。今も定期的な通院を欠かさず、薬を服用して症状を抑え、別の民間企業で翻訳業務に従事している。
待遇はまたしても契約社員で、現在の目標は安定した正社員の職に就くことだ。障害者雇用枠での募集は少なく、競争が激しい。軽度の身体障害者が企業間で取り合いとなる一方、筒井さんのように重い障害や精神的な疾患を持つ人は敬遠されやすいという現実もある。
心身に「3重」の障害を抱えながら、努力を怠らなかった筒井さん。やりがいを持って働けた職場では、周囲の理解や配慮があったことも大きかった。「障害者雇用促進法」は、障害がある労働者が能力を発揮するために、支障を取り除いたりするための措置を「合理的配慮」と定め、2016年から雇用する事業者側に提供を義務づけている。
とはいえ、どのように配慮すればいいか、わからないという企業も少なくない。ヒントを求めて記者が訪れたのが、FA(ファクトリー・オートメーション)機器大手・オムロンの特例子会社「オムロン京都太陽」(京都市)だ。
特例子会社は障害者の雇用に特化した子会社で、一定の要件を満たせば、そこでの雇用人数を親会社のものとしてカウントできる。職に就ける障害者の増加を後押ししてきた一方、通常業務から隔離しているとの批判もある。
一方、オムロンは法令雇用率の達成が義務化される以前から、50年以上にわたって障害者雇用に取り組んできたパイオニアだ。それだけに、京都太陽では障害者が働くためのさまざまな合理的配慮を見ることができた。
オムロン京都太陽の工場棟。約115人の障害者が働く(記者撮影)特例子会社という甘えは許されない
体温計や血圧計で有名なオムロンだが、実は工場で使用されるセンサーなどが主力製品だ。京都太陽は全従業員約60人のうち、およそ35人が障害者。提携する社会福祉法人からも約80人の障害者を受け入れ、オムロン本体から受注したソケットや電源などの少量多品種生産に取り組む。扱っている製品は約1500種類に上る。
「ここで作った物はオムロンの看板で世界中に出荷される。当然、高品質と収益性を求められる。『特例子会社だから』という甘えは許されない」。京都太陽の三輪建夫社長(取材当時、2024年3月に退任)はそう強調する。
生産ラインでは、作業効率を高めるための工夫がこれでもかと施されている。例えば、複数の部品をピッキングするブース。指示書に印刷されたバーコードを読み込むと、必要な部品の棚に備えられたライトが光る。取り出すとセンサーが反応し、次に袋へ詰めるべき部品の棚が点灯する。ライトを追っていけば、いつの間にか作業は完了。部品の組み合わせを覚えられなかったり、指示書の文字を読めなかったりする知的障害者でも簡単に働ける。
こうした環境整備の根源にあるのは、「業務ありき」の発想だ。
やるべき業務に対して、障害特性を可視化し、何が妨げになるか、どうすれば可能となるか、作業遂行のためのアイデアを出し具現化する(記者撮影)障害者雇用の現場では、採用した障害者ができそうな仕事をどうにか探し出して与える、という流れになりがちだが、京都太陽は違う。最初にやるべき業務を設定するのだ。そのうえで、個人の障害特性を可視化し、仕事の内容とすり合わせ、遂行のハードルとなるものを取り除く、という過程を辿っている。
頼みたい仕事がある場合、身体障害者には一度やらせてみて、何が妨げになるのかを明確にする。知的障害者には作業内容を丁寧に説明して、理解されなかった点を整理していく。
カギとなるのは各生産ラインに配置したリーダー社員だ。各々の障害特性に合わせ、機械の操作性を最適化するためのアイデアを考案。技術員と相談しながら、社内に設けた工作室で必要な補助具を自作する。これまでに製作した数は約250に及ぶ。ちなみにこのリーダー社員は、障害の有無にかかわらず、意欲や能力を重視して任用される。
双方向のコミュニケーションを深める
発達障害を含む精神障害者は、知能や運動機能は健常者と変わらない。仕事自体は問題なくこなせるが、コミュニケーションで苦労するケースが多いという。そうした障害の場合は「どちらかというと、業務より同僚とのマッチングが必要」(三輪氏)。
対面での会話が苦手な人には電子ツールを使って対応。「疎外感を感じなかったか」など、心身のバロメーターとなる項目をいくつか定めておき、本人が4段階で評価する。勤務の感想などを書く自由記述欄と合わせ、毎日入力してもらう。
上司はそれを読んでコメントを返す。交換日記のようなやり取りを通じて、早期に異変や悩みを察知し、迅速な支援につなげる。就業の妨げとなる行動を取ってしまった際も、原因を分析して対策を考え、本人の同意を得たうえで職場内や家族にも共有する。
双方向のコミュニケーションを深めることで、同僚たちは各々の障害を受け入れられるようになる。本人も安心し、精神的に落ち着く。こうしたプロセスを経ると、問題と周囲に受け取られるような言動の多くが改善されるという。
独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構が2017年にまとめた障害別の調査では、就職から1年後の職場定着率が「身体」で約61%、「知的」で約68%、「精神」で約50%。そうした中、京都太陽を辞めた障害者は、直近5年で計3人にとどまる。
京都太陽は障害の有無区分にかかわらず、誰もが生き生きと働ける会社づくりに成功していると言えるだろう。法定雇用率が引き上げられ、インクルーシブな社会の実現が求められる中、学ぶべき点は多いはずだ。
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