パナソニック エナジーがアメリカのテスラとともに自動車用電池を製造するアメリカ・ネバダ州の工場(写真:テスラ)車載用電池で日本勢最大手のパナソニックエナジーは、アメリカのテスラ向けのEV(電気自動車)用電池製造を手がける。パナソニックグループ全体として約6000億円の資金を投じ、新工場の建設や研究開発を進める計画だ。同社の渡邊庄一郎CTO(最高技術責任者)に計画や研究の進捗について聞いた。

――アメリカのネバダ工場ではフル生産の一方、日本国内ではかなり減産しています。テスラの高級モデルが売れていないからですか。

状況としては認識のとおりだ。IRA(インフレ抑制法)の影響で、従来は一律に補助金が出ていたのが、「高級車は除きます」ということになり、中価格帯ではかなり高額な補助金が出ることになった。EVに対する値頃感が変わってしまい、国内で製造している高級モデル向けの電池の需要に影響が出た。

また、アメリカが相次いで利上げをしたことで、リース向けの需要が減ったことも大きい。EVをリースして、ガソリン車からEVに乗り換えることに経済的なメリットがある層がいたはずだが、金利が上がったことでこのモデルが成立しなくなった。

それでもEVの普及が進んでいくという全体のシナリオは変わらないだろう。販売が減速していると一部で言われているが、考え方の問題だ。従来、とてつもないスピードで進んでいたものが、少し遅くなったとしても、全体としてかなりの勢いで進んでいるのは不変だ。

――国内で余っている生産能力を、マツダやスバルといった新たな提携先に振り向ける計画ですか。

詳細については「言うな」と言われているのであまり話せない。ただ、いろんな手を考えている。単純にこのままじっとしているわけにはいかないので、もちろん回復についていろんな施策を打っているという段階だ。

慌てて計画を見直す必要はない

――2030年度までに2022年度の4倍となる年間約200ギガワットアワー(GWh)の生産能力を持つことを目標として掲げています。アメリカのオクラホマ州で検討していた工場の建設を見送ったと報じられましたが、計画の見直しは必要ないのですか。

北米への集中投資を行っていく方針は変えておらず、オクラホマについても引き続き候補地の1つだ。報道されているのは、ある一定の期間限定で補助金を得られる権利があったのだが、その権利をいったんリリースしたというだけの話だ。

(EV販売が)減速しているということが強調されがちだが、そもそも2030年にも(新車の)半分以上がEVになりますというめちゃくちゃなプランがあり、さすがにそこまではいかないということがわかったという段階だ。とはいえ、今までよりも速いスピードで進んでいくということは変わっていない。

われわれは「ずいぶんコンサバ(保守的)だ」と言われるような計画をこれまで立ててきたため、いまこの段階で特別慌てて見直す必要はない。ネバダは現状で40GWh弱、今回の世代交代とカンザスの新工場で30GWh程度増えても、200GWhの目標に対して全部で70GWhでしかない。生産のアウトプットはさらに増やしたい。

――世代交代というのは具体的にどういうことですか。

現行の「2170電池(直径21ミリ、高さ70ミリの電池)」で中身を変えている。正極材や負極材、他にもいろいろ入っているがそれをアップデートするという意味だ。

われわれは円筒電池を1994年から手がけている。1回のバージョンアップで5~10%程度性能を引き上げており、30年の積み上げで容量は当初の3倍以上になっている。見た目だけ円筒型という電池を作るのは簡単だが、品質、安全性、コスト、量産性のすべてを満たせるかというと相当難しい。5%性能を上げるだけでも、4~5個の新しい技術を入れなければならない。

そして、これを続けていくということは、今後数回にわたってアップデートできるだけの技術を後ろ側で持っている必要がある。

電池事業は一発いいものができれば勝ち続けられるというものではない。技術はすぐに陳腐化していってしまうので、常に最高レベルを出せるか、さらにそれを現在の工場で作れるのか、というのが難しいポイントだ。

従来の電池よりも大型の4680電池。品質や安全性を満たして量産するのは難しい(写真:パナソニック)

――次世代の「4680電池(直径46ミリ、高さ80ミリ)」については2024年度の上期に和歌山の拠点で量産を始める計画です。

量産に向けた準備の最終段階に来ており、今上期の早いうちにやりたいと思っている。将来的にはアメリカでの生産もやりたいが、まだどの工場か、といった具体的なことは決めていない。

他社が品質や安全性を満たした4680電池を作るのはかなり難しいだろう。電池の充放電では基本的に体積の変化が生じるのだが、角形やパウチ型の電池では外装も一緒に膨らむ。

一方で円筒電池は圧力に対して強い分、外装が膨らみにくいので、内側に圧力がかかる。これに耐えられる設計を考えるのが、電池屋としては非常に難しい。しかも、4680では2170と比べて電極の長さが5倍になる。圧力の上がり方が全然違い、蓄積がないメーカーは落ちるべきところに落ちていくだろう。

全固体電池にしたから容量が上がるは嘘っぱち

――自動車メーカーを中心に開発競争が加速する全固体電池についてはどう見ていますか。

そもそも電池の進化では、正極と負極をどれだけイノベーションできるかが基本だ。「ファラデーの法則」というものがあり、何を何グラムいれたら何アンペアアワーになる、とか、何ワットアワーになる、というのが決まっていて、これは正極と負極の重量に比例する。

全固体電池というのは電解質の話。液体の電解質を固体にしたところで、正極や負極が増やせるわけではない。固体電解質にしたから容量が上がるというのは嘘っぱちだ。

固体電解質自体はすごく進化している。イオンを動かすのが難しかったところから、この10年でできることが増えたのは間違いない。固体電解質しか使えない用途があるのも正しいし、電池産業の進化に貢献しているのも事実だ。

しかし、ほとんどの(全固体電池の)案件で、抱き合わせで「容量が増えます」と謳われている。一体その本質は何なんですか、ということをきちんと見るべきだ。電池(の正極や負極)に使える材料はもう決まっていて、電池屋さんならすべてわかっている。

EVの世界で言えば、固体電解質で作り上げる、というのは大量の材料を形にしていくという生産システムを含めた産業構造の問題になる。それは結構時間がかかるだろう。

渡邊庄一郎(わたなべ・しょういちろう)/パナソニック エナジー副社長執行役員、CTO(最高技術責任者)。1966年奈良県生まれ。大阪府立大学大学院工学博士課程修了。1990年松下電器産業入社。2009年パナソニック エナジー社技術開発センター所長、2018年同社AIS社テスラエナジー事業部長兼パナソニックエナジーノースアメリカ社長を経て、2022年より現職(記者撮影)

――中国系の電池メーカーを中心に採用が進むリン酸鉄リチウムイオン電池(LFP)をどう見ていますか。御社でも採用の余地はありますか。

せっかく高級すきやき店をやっているのに、牛丼屋を始める必要があるのか、という類いの話だ(笑)。

われわれはもともとコバルト100%だったところから、ハイニッケル(ニッケル濃度の高い正極材)を自分たちで生み出してやってきた。もうコバルトの比率は5%未満だ。

このすごく得意なフィールドを捨ててまで、スーパーレッドオーシャン(超過当競争)のLFPにいく必要はない。LFPでも走行距離はそこそこ伸びてきており、近距離中心のアジアではそれでもいいかもしれない。

ただ、パナソニックが主戦場と定めている北米では、ロングレンジが必要だ。EVの走行距離はもっと伸ばしたいというのが(顧客からの)要求でもある。しっかりとそれに応えていきたい。

――アメリカやヨーロッパでは電池の材料調達を含め、脱中国を求める動きが加速しています。直近では御社も経済産業省と連携してカナダやオーストラリアなど、資源調査先の多様化を進めています。

EVを成立させられるほど(各電池メーカーが)コスト競争力を高められたのは、中国の存在が大きかった。われわれも一緒に協力してやってきたので、リスペクトはしているし、今も関係が悪いということは全くない。

一方で、中国への依存度が高すぎる、というのはある。資源が中国に集中しているのではなく、材料加工のためにほとんどの材料が中国を経由している。2023年末に(負極材に使われる)黒鉛の輸出規制が話題になったが、やはり生殺与奪の権を握られてしまっている。

物流でも現状の負荷は大きい。正極材は日本から、負極材は大体中国からアメリカに送っているが、ネバダ工場の正極材だけで毎日コンテナ10個分の材料を消費する。そのため、常に大量のコンテナが太平洋を渡っている。これは最終的にはローカル(現地)で回せるようにしていくべきだ。

材料調達や加工では有力な企業と早く関係を結び、いいポジションを作っていきましょうということで進めている。そういう意味では皆さんが思っている以上に経産省と緊密に連携を取っている。

材料サプライチェーン、設備、人材の3つがそろわないと、産業として成立しない。中国ではこれらがパッケージとして全部そろうようになっていて、これが(中国メーカーが)加速できている要因だ。

「世界を救う」モチベーションで働いている

――大阪の住之江に新たな研究開発拠点が竣工し、来年には西門真にも研究開発棟ができる予定です。研究開発のための人材確保は順調ですか。

正直言って人材確保にはかなり苦労している。電池はもともとマイノリティーな業界だが、電気化学の研究室は関西に多い。松下電器産業、三洋電機、GSユアサといった大きな電池会社が昔からあり、こうした会社の人材供給源になってきた。この地盤はいまでも強く残っている。

設計という点では、携帯電話の形に合わせてたくさんの種類を作らなければならなかった時ほど人手はかかっていない。ネバダ工場では1モデルしか作っていないように、設計屋さんは電池を1つ設計すればいいという時代だ。

しかし、この規模で生産するためのシステムやオペレーションの設計、材料のサプライチェーンなどを含めて1つひとつ各社のレベルを品質と生産性の点であげていかなければならないので、そういう点で必要になる人材は足りていない。

実際、「世界を救う」というぐらいのモチベーションで働いており、それでも忙しすぎて本当に厳しい状況だ。住之江と西門真で合わせて1000人規模だという話をしているので、それぐらいの規模で人材を確保する必要がある。新卒も中途入社もやっているが、決して十分ということはない。

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