資産運用のプロである機関投資家について解説します(写真:Graphs/PIXTA)日経平均が一時、4万円を超すなど高値で推移していることもあって、日本で投資熱が高まっています。新型NISAなどを通じて投資を始めた、という人もいるのではないでしょうか。が、個人や企業などの投資家からお金を集めて資産を運用するプロ、すなわち機関投資家とはいったいなんでしょうか。上場企業IR担当に向けた実務書『投資家をつかむIR取材対応のスキルとテクニック』を上梓したIRコンサルタントの板倉正幸氏が解説します。

「資産運用立国実現プラン」の3つの柱

岸田首相は、国内1000兆円を超える家計の現預金が投資に向かい、勤労所得に加え金融資産所得も増えるよう機関投資家の資産運用能力の向上やガバナンス改善を推進しようとしています。

昨年12月に政府は、岸田首相の肝いり政策として「資産運用立国実現プラン」を発表しました。そこには3つの柱 = ①資産所得倍増プラン、②コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクションプログラム、③資産運用業・アセットオーナーシップ改革――があげられています。

①②は、インベストメントチェーンを構成する主体である企業、家計、販売会社へ向けた改革で、今までに発表されてきたものです。例えば、企業にはコーポレートガバナンスへの対応、家計には新NISA制度の導入、販売会社には顧客本位の業務運営などです。今回、要の資産運用業に対する仕上げとして③を発表しました。

③では、下記のようなことが計画されています。

・資産運用力向上やガバナンス改善・体制強化、新規参入と競争促進
・アセットオーナー・プリンシプル策定、企業年金改革
・成長資金の供給と運用対象の多様化
・スチュワードシップ活動の実質化
・対外情報発信・コミュニケーションの強化 

この中で、一番の肝になるのは運用力の向上です。とはいえ、私たちは運用を任せる先や実際に運用を行っている人たちについてどれくらいのことを知っているのでしょうか。今回、筆者の18年間の実経験(上場企業でのIR担当歴10年とIRコンサルとして独立後8年)に基づいて、そのイメージを少しでも把握してもらいたいと思います。

ウィキペディアで「機関投資家」と入力して調べると「個人投資家らの拠出した巨額の資金を有価証券(株式・債券)等で運用・管理する社団や法人」とあります。それに「保険会社、投資信託、信託銀行、投資顧問会社、年金基金など。財団も含む」と説明は続いています。

金融商品取引法では、投資家を特定投資家と一般投資家に分け、それぞれ異なる規制が適用されることになっています。私はシンプルに前者は「プロ投資家」で機関投資家、後者は「アマ(チュア)投資家」で個人投資家と呼んでよいと考えています。

世界の有力機関投資家はどんなところ?

機関投資家が個人や法人から集めたお金は、想像を絶する額に上ります。アメリカThinking Ahead Instituteの「The world’s largest asset managers」(2023年10月)データによれば世界有力機関投資家500社中、トップ20の運用資産額を見ると次のようなランキングになっています。

トップ20中、14社はアメリカ本拠地の機関投資家で、残り6社はヨーロッパ。トップのブラックロックの運用資産額は約1300兆円にもなる計算です。日本の国家予算はザックリ100兆円ですから13年分にも相当する額です。残念なことに日本の機関投資家は、トップ20にはお呼びではありません。岸田首相が資産運用立国を掲げる1つの理由はここにあるでしょう。

ちなみに、日本の機関投資家の最高位は31位の三井住友トラスト・ホールディングス。次いで37位の三菱UFJフィナンシャル・グループ、44位の日本生命と続きます。もちろん運用資産額が全てというわけではありませんが、発生するコストの負担感は(運用資産額が大きいほど)軽くなるのは間違いありません。

私はIRコンサル会社を2017年に起業する前、日東電工で10年強、IR現場で実務に携わってきました。その間に約500件の機関投資家との取材対応を行いました。取材とは、企業のIR担当や、経営陣が機関投資家に対して業績結果・見通し、経営方針・戦略など説明するミーティングのことです。

株式の購入・買い増しや長期保有等の投資判断に直結しますので、機関投資家にとっても企業にとっても最重要な場となります。今年3月の日経新聞に「IR人材、6年で求人4倍」の記事がありました。これは人手不足に加えて、企業がIRの重要性を認識して人員のレベルアップや増員を図っているからにほかなりません。

機関投資家にもいろいろいる

機関投資家の目指すゴールは、投資家(お金の出し手)に利益をもたらすことです。利益をもたらす投資手法には長期保有、短期売買(ヘッジファンド)、物言う株主(アクティビスト)など、さまざまあって機関投資家を特徴づけるものです。

IR視点からすれば、長期に安定した経営を行っていくために長期保有の機関投資家に株主になってもらいたいわけですが、株主を選ぶことはできません。選ぶのは、機関投資家なのですから。そんな機関投資家において、集めた資金の投資先企業や配分を決めるのがファンドマネージャー(以下、FMとします)です。

数多くの取材をこなした中でも、記憶に残っているFMが何人かいます。

まずは、若いころの失敗談。相手は香港拠点のヘッジファンドのFMで、IR担当へいくつもの回答できない質問を意図的にぶつけてくる人でした。例えば、前職の場合ですと主力製品の顧客ごとの売上比率や原価構成などでしょうか。「(機密事項のため)回答は控えさせていただきます」と言わざるをえません。

するとそのFMは都度「(こんなことが)回答できないんですか!」「(競合の)X社では回答あったのに……」などなど。うぶな私はその圧に押されて、しどろもどろの回答になったことがあります。

もう1人、拙著にも書きましたが私が最も畏敬の念を抱く機関投資家、アメリカのキャピタル・グループとの取材経験です。同社本拠地のロサンゼルスへ訪問取材した際のこと。取材相手は同社に勤める日本人FMです。それまでに複数回の取材を重ねており、お互いのことは理解しあっていました。

取材開始から10分程度たった頃でしょうか、トントントンとドアがノックされ、1人の老人がゆっくりと部屋に入ってきました。すると、FMは取材途中にもかかわらず、すぐさま立ち上がりその老人をにこやかに出迎えたのです。

私がポカンとしていると「失礼しました。こちらはMr. XXXです」と紹介されました。この方こそ同社成長の礎を築かれたレジェンドの1人。名前を聞くことはあっても、お会いするのは初めてで、ましてや取材に同席されるとは想像だにしていませんでした。「今日の取材ボードに御社の名前があったのでやってきました。中断させてしまいすみません。続けてください」と柔和な表情で言われました。取材後に3人で撮影した写真は私の宝物の1枚となっています。

日本に「投資の神様」は誕生するか

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お会いした当時、御年70代とうかがいましたが、現役として活躍されていました。それ自体、素晴らしいことですが、それ以上に私が感動したのは、FMを心からリスペクトし、称える文化が確立していることです。

これはキャピタル・グループに限ったことではありません。アメリカには資産運用業の第一線で活躍する人たちをいい意味でスターとして称賛する文化が根付いています。日本でも高名なウォーレン・バフェット氏は「投資の神様」と言われるほど。

翻って、日本には「経営の神様」は時おり出現しますが、「投資の神様」はどうでしょうか。残念ながら……と言わざるをえません。資産運用立国実現プランが、日本版「投資の神様」と呼ばれるようなカリスマ運用者を生み出すことにつながってほしいと切に願っています。

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