(ブルームバーグ):軍人から米大統領になったドワイト・アイゼンハワーはかつて、問題を解決できないときは、問題を大きくすれば解決できると語った。イスラエルのネタニヤフ首相は、この忠告を心に刻んだようだ。パレスチナ自治区ガザでの人質救出とイスラム組織ハマスの掃討を同時に行うとの約束を果たせず、ほぼ1年にわたる戦争の後、ネタニヤフ首相は親イラン民兵組織ヒズボラとイランを相手に戦いを拡大した。同首相にとって、それはうまくいっている。

24日にヒズボラのミサイル・ロケット部隊のイブラヒム・カビシ司令官の死亡が確認された。イスラエルはヒズボラの少なくとも3人の司令官と多くの幹部を殺害したことになる。その他、数百人の戦闘員がポケベルやトランシーバーなど通信機器の爆発で死傷し、通信に深刻な被害を受けた。2006年のレバノン侵攻以来、最も集中的なイスラエル軍の空爆により、数知れないロケットランチャーやミサイルが破壊された。間違いなく、ヒズボラは大きなダメージを受けている。

これはすべて、長年にわたる情報収集の結果であり、地上侵攻に先立つ一種の形成作戦に相当する。イスラエルが地上軍を投入しなくても、弱体化したヒズボラが撤退するという希望があっても同じだ。ヒズボラはテロの歴史があり、シーア派以外のほとんどのレバノン人に嫌われている。そのため、民間人を巻き添えにした大きな損害がなければ、ここで憂慮することは何もなかっただろう。

ホロコースト以来最悪のユダヤ人襲撃事件から10月7日で1年を迎える。同事件とそれ以降のガザでの失敗で、ネタニヤフ首相はイスラエル国内で非難を浴びているが、ヒズボラに対する作戦成功は向かい風を幾分弱めるだろう。すでに世論調査では、ネタニヤフ首相がヒズボラやイランに対して強硬な姿勢を見せ始めて以来、与党リクードの支持率は急回復している。

対照的に、イラン政府とヒズボラはともに窮地に立たされている。イスラエルの要求に従って国境から撤退し、ロケット攻撃を停止すれば、屈辱的な敗北を認めることになる。それはヒズボラがレバノンでの民兵維持を正当化する上で根幹を成す強さというオーラを消し去ることになる。その民兵組織は、イランが地域全体に力を及ぼすために利用する代理勢力の要だ。

ヒズボラが動揺する中、イランのペゼシュキアン大統領は24日の国連総会で、イスラエルがガザで敗北したと宣言。無敵というイメージへのダメージを修復することはできないと述べ、強硬な姿勢を示した。だが、それは皮肉にもレバノンで起こっていることだ。

少なくとも現時点では、ペゼシュキアン大統領の記者団に対する発言の方がはるかに説得力がある。同大統領は、イランはイスラエルとの全面戦争を望んでおらず、イスラエル側にイランと同じレベルのコミットメントが見られる場合には、イスラエルとの緊張を緩和する用意があると述べた。非営利組織の国際危機グループ(ICG)のイラン担当ディレクター、アリ・バエズ氏は、ネタニヤフ首相のレバノンでの作戦について、イラン指導部が予期し、恐れていた10月のサプライズだと表現する。というのも、少なくとも11月5日の米大統領選挙までは、イスラエルが大規模な戦争を始めるにしても、米国の支持はほぼ確実だからだ。

そうしなければ、この問題が選挙戦の争点となり、共和党のドナルド・トランプ候補が民主党は弱腰で、イスラエルを見捨てたと主張することになる。しかし、バイデン政権が関与せざるを得なくなれば、民主党が新たな中東戦争にまた米国を巻き込むことになり、トランプ陣営にとっては格好の攻撃材料になる。バエズ氏は「イラン人は10月の戦争をイランとヒズボラへのわなだと見ている」と発言。トランプ氏の大統領返り咲きはネタニヤフ首相が望んでいることだが、イランは望んでいないためだと語る。

結局のところ、ペゼシュキアン氏が大統領に当選したのは、政府を嫌うイラン人でさえ、西側諸国との核交渉再開や制裁解除、経済成長の回復という同氏の公約に票を投じたからだ。国連演説はイランお決まりの敵対的な内容だったが、トランプ大統領が在任中に破棄した2015年の核合意の復活に向けた協議も呼びかけた。

イランの問題は、米国はおろかイスラエルと戦争している最中の制裁緩和は、ホワイトハウスに誰がいようと不可能だということだ。とはいえ米大統領選までの今後6週間、イスラエルが自国の貴重な外交政策資産を台無しにしている間、イランがただ傍観しているというのもあり得ないだろう。

一方、レバノンでのイスラエルの成功は、簡単に失敗に転じる可能性がある。ガザと同じように、ヒズボラの戦闘員がいくら殺されても、戦術的利益を戦略的利益に変える実行可能な戦略がなければ意味がない。ヒズボラは過去1年にわたってイスラエルを攻撃し続けており、イスラエルがヒズボラに報復する理由は十分にあるが、今それをやっても、ガザでの過剰な攻撃と市民の苦しみによってかき消される運命にある。

すでにイスラエル国外では、レバノンでの民間人の犠牲が報道の主な焦点となっている。レバノン保健省によれば、イスラエルの空爆によって23、24両日に558人が死亡した。この数にはヒズボラ戦闘員も含まれるが、女性や子供もいる。多くは民間人だろう。

ネタニヤフ首相のレバノンでの勝利の定義は、イスラエル北部住民の安全だが、ガザの時と同様、外交を武器に加えることでしか達成できない。だが、首相はまだそれを拒否している。ヒズボラはレバノンのシーア派コミュニティー以外では支持を得ていないが、レバノンの大部分をガザのような荒れ地に変える侵攻があれば、それは変わるか、あるいは無意味になるだろう。

アイゼンハワーは、緊急なことと重要なことを区別しなさいという名言も残している。ヒズボラにロケット攻撃を止めさせ、イスラエル北部から避難している何万人もの住民が新学期に戻れるようにすることは、確かに緊急の課題だ。昨年10月7日以降のハマスへの報復もそうだ。しかし、最終的に最も重要なのは、イスラエルとその近隣諸国にとって永続的な安全保障への道を切り開くことだ。

ガザやウクライナの教訓は、支配的な軍隊は戦場で大きな勝利を得ることができるが、敵を屈服させるまで粉砕するのは格段に難しいということだ。イランを引き込み、ガザ、ヨルダン川西岸、レバノン南部という3つ地域でのイスラエルの残忍な占領で終わる戦争は、世界で唯一のユダヤ人国家にとって長期的な安全保障の対極にあるものだ。

(マーク・チャンピオン氏は欧州、ロシア、中東を担当するブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。ウォール・ストリート・ジャーナルでイスタンブール支局長を務めた経歴もあります。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:In Lebanon, Israel Set a Trap for Iran and Itself: Marc Champion (1)(抜粋)

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