(ブルームバーグ):30年にわたり経済が停滞した日本で再生の芽が表れている。古くからキャベツ栽培が盛んな熊本県の菊陽町で起きている変化はその最たる例だ。

農地が広がっていた土地に新設された半導体工場の周辺では、アパートやホテル、自動車ディーラーなどの建設ラッシュが起きた。半導体受託生産で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が運営するこの工場は今年、操業を開始し、さらに隣接地に第2工場の建設が予定されている。高まる需要を受けてサプライヤーや関連産業の進出が相次ぎ、求人や人口が増加。同地域の賃金と地価は大きく上昇している。

もっとも、工場から車で1時間以内の美里町で目にしたのは、経済が厳しい地方でよく見られる光景だ。かつてにぎわっていた目抜き通りは今、軒並みシャッターが閉じられている。1947年のピーク時に2万4300人程度いた人口は、ほぼ3分の1にまで減った。一方、野生のシカやイノシシが増え、住民は防獣ネットで農作物を守るなどの対策に追われている。

田園地帯を縫うように走る幹線道路沿いには、自由民主党の選挙ポスターが並んでいた。そのうちの1枚は、「経済再生 実感をあなたに。」と呼び掛けている。

自民党の選挙ポスター

それでも農家はみんな「ぎりぎり。実感はないですよね」と、アスパラガスやコメを栽培する竹永一也さん(67)は話す。肥料や燃料の価格、公共料金の上昇で利益が圧迫されている。2人の息子は仕事を求めて町を離れたという。

この対照的な状況は、27日の自民党総裁選で誰が勝利しようとも、直面するであろう大きな課題を浮き彫りにしている。それは、一部の地域だけではなく、全国に広範かつ持続的な景気回復を定着させるということだ。

 

日本経済が成長しているにもかかわらず、岸田文雄首相が退陣せざるを得なくなったのは、こうした国内の状況が大きな一因だろう。1950年代以降、ほぼ一貫して政権を担ってきた自民党の総裁を目指して9人の候補が競っている。劣勢の野党で共闘が進まないことを踏まえれば、次の総選挙で自民党が勝利するのはほぼ確実な情勢だ。

自民総裁選、石破・小泉・高市3氏による上位争いに-報道各社調査

自民党総裁選の期間中、候補者は地方の衰退や東京など都市部への人口流出を巡る問題について議論を戦わせた。TSMCの事例は全国各地で再現されるべきモデルケースという意見がある一方、観光業あるいは企業や学術機関の地方移転を促す優遇措置が必要だとの声もある。出生率を上げるためにはより多くの取り組みが必要だという点では意見が一致しているものの、新たなアイデアや抜本的な解決策はほとんど示されていない。

景気回復の裾野を広げることができなければ、経済の二重構造が定着する恐れがあり、資金と人材の集中が先進国の中で最も極端なものとなる可能性がある。企業は十分な労働力やサービスの確保で一層苦戦することになるだろう。この現象は東京を含む主要都市ですでに起きている。

世界の投資家の目が再び日本に向かうようになった。株式市場は過去最高値に迫る勢いであり、デフレを克服したようにみえる。資金はディールや投資に向かい、日本銀行は超緩和的な金融政策を転換した。日本経済は潜在成長率を上回るペースで拡大を続けると日銀はみている。

住宅などの建設が進むTSMC熊本工場の周辺地域

日本の指導者も世界の舞台で自信を深めている。日米同盟の下で長年米国に守られてきた日本はこれまで、軍事力に代表される「ハードパワー」の行使を避けてきた。ただ、今や中国や北朝鮮を巡る懸念から防衛費を急速に増やし、ウクライナ支援のような問題について影響力のある発信をするようになった。

BMWのショールーム(熊本市)

第2次世界大戦での敗戦後、日本は1980年代後半までの急成長を経て、米国に次ぐ世界第2位の経済大国へ躍進した。日本製の家電が世界の羨望(せんぼう)の的であった時代の92年には、日本の1人当たりの国内総生産(GDP)は3万2000ドルで米国を上回っていた。

しかし、それから30年近く経過した後でも3万3000ドルにしかなっていない。国際通貨基金(IMF)のデータによれば、同じ期間に米国は8万5000ドルと3倍超に拡大した。

日本の人口は10年余り前から減少に転じ、現在も年間約60万人のペースで減少し続けている。投資不足に加え、急速な人口減少により、全国の町や村は打撃を受けている。最近は外国人に対して門戸が開かれつつあるものの、本格的な移民政策は依然として政治的なタブーのままだ。

 

人口動態は問題の一部にすぎない。日本の時間当たり労働生産性は、経済協力開発機構(OECD)加盟38カ国中30位だ。自動車産業を除き、日本の製造業は経済停滞によって打撃を受けてきた。海外のライバル企業が半導体生産で世界シェアを拡大する中、日本はそれについていくことができなかった。こうした状況の下、長引くデフレの中で、当局は経済を活性化するために物価上昇率が2%で安定的に推移することを主要目標に掲げた。

長期にわたる経済の停滞があったが故に、今これほどまで大きな興奮がもたらされている。ここ数十年で最大の賃上げ実施に伴ってインフレが再燃し、日銀は今年、2007年以来初となる利上げに踏み切った。政府もまた、半導体産業再興のために約4兆円を計上。TSMCのほか、韓国のサムスン電子や半導体メモリー大手の米マイクロン・テクノロジーなどに日本での事業強化を促す戦略を進めている。

 

熊本は経済の好循環が定着しつつある都市の一つであり、賃金や物価が上昇し、消費が押し上げられている。新たに進出した企業の一つに、TSMCが半導体製造工程で使用する特殊ガスのインフラを供給するジャパンマテリアルがある。半導体ブームに乗った同社は賃上げを実施したほか、他の地域から移り住んだ従業員を含め熊本で約160人を雇用している。TSMC工場に続く沿道の看板には、バーやレストラン、近隣の温泉リゾートの広告が出ている。

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ジャパンマテリアルで管理業務の職を得て県内の別の地域から移り住んだ渡部千鶴さんは、「盛り上がりのあるところに一緒に入っているというか、何かこれから先、すごいことが起こっていくんだなという中にいるのがいいのかなと思う」と語った。

熊本は戦略上でも重要だ。TSMCの工場を通じて日本と台湾は結びつきを強めている。中国が台湾を占領しようと動けば、周辺地域の火種になる恐れがある。こうした懸念は、日本の防衛費を2028年までにGDPの1%から2%に引き上げる決定に大きな役割を果たした。岸田首相は、ロシアによるウクライナ侵略について、アジアでも同様の事態が起こり得るとして繰り返し警鐘を鳴らしている。

その資金の一部は、陸上自衛隊の西部方面総監部がある熊本県の駐屯地に配備された対艦ミサイルに投じられている。東京と台湾の首都の中間地点にほぼ位置するこの駐屯地は、日本が地域紛争に巻き込まれた場合、重要な役割を担うことになるだろう。

TSMC進出で建設ブームに沸く菊陽町

木村敬熊本県知事は、県内の好調な経済が少子化や東京など都市部への若者流出という問題の解決につながると述べた。住民が将来を楽観視するようになれば、家庭を持ち、定住する可能性が高まると言う。さらに、熊本における半導体サプライチェーンの成長は、経済的に弱い立場にある県内の地域にもいずれ波及するだろうと付け加えた。

熊本県内に掲げられた台湾人向けビジネス看板

九州フィナンシャルグループの推計によると、TSMC進出を含む電子デバイス関連産業の集積で熊本県内に生じる経済波及効果は、31年までに約11兆円に上る。

木村知事は、「今まで30年間閉じていた日本の経済を、熊本からアジアに向かって開かせることで、日本経済を再生できるのではないかと思っている」と語った。

ただ、TSMCの熊本工場からほど近い和水町では悲観論が根強い。この町の住人約9000人のうち約40%は65歳以上だ。昨年は188人の住民が亡くなったのに対し、出生数はわずか44人だった。

和水町の石原佳幸町長は、日本のリーダーが変わっても大きな変化はないとみている。「特に何か印象がある政策はあまりなくて、直接この田舎まで届いてきているのはなかった」と指摘。「地方をもっと盛り上げてくれるような政策を展開していただきたい」と語った。

地元スーパーが運営する移動販売で買い物をする高齢者(和水町)

美里町や和水町のような小さな町の住民で、株式市場や個人年金、企業の合併・買収(M&A)に資金を投じている人はほとんどいない。30年にわたって物価上昇を経験していない人にとって、インフレの再来は衝撃だ。食料や燃料などの生活必需品の価格は、円安の影響もあって急上昇した。

和水町の廃屋

自民党総裁選の立候補者たちは遊説先で、物価上昇のプラス面よりも、生活費が高騰することのマイナス面を強調している。世論調査で支持率を伸ばしている高市早苗経済安全保障担当相は、社会的弱者へのさらなる所得支援を訴える。また、有力候補の1人である小泉進次郎元環境相は、かつて経済大国と言われた日本の衰退を嘆いた。

総裁選出馬を正式表明した6日の記者会見で小泉氏は、「はっきり言って日本は衰退している」と指摘。「戦後の高度成長はホンダやソニーなど町工場から出発し、世界を制覇した企業がけん引した。しかしこの30年、そうした企業が出てこない」と語った。

半導体産業のサプライヤーや関連企業が増加する中、ソニーは熊本に新工場を建設中

自民党総裁選の立候補者らは、経済の活力を再び刺激するためのさまざまなアイデアを提示している。小泉氏は、ライドシェアのようなビジネスの成長を促す規制緩和や、スタートアップ企業や中小企業により多くの優秀な人材を呼び込むための労働市場改革を訴えている。政府支出の拡大や企業に賃上げを求める声もある。

それでも、日本国民の安定を求める強い願いが、自民党の政権維持を可能にしているのと同様に、抜本的な政策変更の余地を狭めている。野党は有権者に説得力のある代案を示すことに苦戦し、魅力的な政策を打ち出しても即座に自民党に吸収されてしまうことが多い。

日銀出身で第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストによれば、政治家は人口減少など日本が長年抱える構造的な問題に対して即効性のある解決策を示してこなかった。熊本のTSMC工場は地元経済に良い影響を与えているものの、その影響には限界があると言う。

熊野氏は、日本全体の経済が復活するには、「TSMCによる経済効果が他の地域でも複数起こってこないと難しく、それはものすごい大きなチャレンジだ」と語った。

美里町の目抜き通りにはシャッターを下ろした店舗が並ぶ

それは人口減少により消滅の危機に直面している日本の744の自治体の一つである美里町のような地域にとって、存在に関わる問題だ。美里町商工会会長で、自民党を長年支持してきた本山公政氏(71)は、次期首相には美里町のような小さな町が取り残されないようにしてほしいと思っている。

小規模の建設会社を経営する本山氏は、「経済を、町を、ようしてもらわにゃ生活ができん」と述べた。「既存の商売の考え方は古いかもしれんけども、やっぱりそういう人たちがこの日本を支えてきた」と語った。

原題:Japan’s Economic Revival Is Failing to Save Its Vanishing Towns(抜粋)

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