『ゴジラ-1.0』のアカデミー賞受賞によって注目が集まる「VFX」技術。世界90の国・地域でトップ10入りしたNetflixシリーズ『今際の国のアリス』や実写版『幽☆遊☆白書』など、日本発で世界的に評価される作品が増加する一端を担う技術だ。

近年、CGやVFXをはじめとする映像処理が複雑化し、コンテンツが世界中の多様なメディアで視聴されるようになった。それにより、撮影から作品を納品するまでの仕上げ作業「ポストプロダクション」(通称・ポスプロ)において、幅広い技術を持った専門家がヒット作の裏側には必要不可欠となっている。

企業の思いや開発秘話を深掘りする企画『DIG Business』。今回は、変化の時を迎えるポスプロについて、国内の第一人者である「THE SEVEN」所属の石田記理に取材した。

◇ ◇ ◇

〈いしだ・のりまさ〉1995年、株式会社IMAGICA入社。映画『ちはやふる』『HiGH&LOW』、ドラマ『今際の国のアリス』『幽☆遊☆白書』、アニメ映画『すずめの戸締まり』などジャンルを問わずに数多くの作品に参加。2023年7月より株式会社THE SEVENに「ポスプロスーパーバイザー」として所属。

THE SEVEN
主にグローバル配信プラットフォームなどと連携して、全世界に向けたハイエンドなコンテンツの企画開発、プロデュースを行うほか、IPの開発や管理、映画、ライブエンターテインメント、ライセンス事業など、IPを核として、海外を視野に入れたビジネス展開を行っているプロデューサー集団。

© 麻生羽呂・小学館/ROBOT

日本ではまだ少ない 作品の撮影から納品までの「旗振り役」

──「ポスプロスーパーバイザー」とはどのような存在なのでしょうか。

あまり聞き慣れない言葉だと思うんですけれども、映像作品の撮影から納品まで、全ての工程を管理する人間を指します。映像や音声の処理、VFXも含めて、作品が出来上がるまでの作業で旗をふる立場です。

仕上げをするということは、その前の段階から分かっていなければできません。プロデューサーや監督、カメラマンなどと話をして、納品仕様に合わせたワークフローを作り、決めたルールのもとで制作がスムーズに進むように調整します。

映像作品は、企画の立案から撮影、映像仕上げを経て、配信や放送、配給などの方法を経てユーザーの元へ届きます。ポスプロでは仕上げを中心に撮影時から納品までの全てを担当しますが、下へ行くほどどんどん広くなるんです。

フィルムからデジタルカメラになって、今はスマートフォンで撮られる映画もあります。映画があったり、テレビだったり、配信だったり。それぞれでルールがあり、エンドユーザーの視聴環境や方法もまちまちなんですよね。日本と海外でも違います。その中で、最終的に届ける場所に向けて、どのように管理するか考えるのがポスプロスーパーバイザーの役割です。

──メディアが変わると、具体的にはどのような違いが出るのでしょうか。

例えば、映画版の『99.9-刑事専門弁護士-THE MOVIE』の時のことです。映画は1秒間に24コマと世界共通で決まっているんです。でも、日本のテレビ番組は1秒間に29.97コマで作られています。ドラマシリーズの映像を映画の中に持ってこようとすると、1秒間に6コマも抜かなければならず、動きがカクついて意図しない結果となるおそれがあるのです。

そうならないために、コマを抜かずにスローにしてリップシンク※1のない演出にしたり、抜いたところをなめらかに見せる補完処理の話などをしたりして、制作者の意向に合う処理にしてます。

色温度やガンマ※2の違いも重要です。Netflixなどが使う世界的な規格よりも日本のテレビ放送は色温度が高く、比べると青白く見えます。そのままの状態で配信用に納品してしまうと、作った側が見てほしい色と、実際に配信される色が違ってしまうのです。

所属しているTHE SEVENでは、コンテンツの企画をする段階から入って、作品を作り始める前の段階から発表する先の仕様に合わせて準備を進めています。そうすることで、ポスプロを担う各所と良い協力関係を作ることができます。

ひとつの素晴らしい企画を配信で公開し、テレビでも放送して、さらに劇場でも流すことがあるわけです。それがスムーズにできるようにするのもポスプロスーパーバイザーの力量です。

Netflixなどの大手配信サービスに向けた作品を作る時には「ポスプロスーパーバイザーを立ててください」と言われることが多いのですが、日本では担える方も少なく、海外に比べて過渡期の状態です。

※1演者の唇の動きと台詞の音声を合わせること
※2データから表示デバイスへの変換関数。EOTFとも表記される。ここではモニターガンマを示しており、特定のデータから出力するデバイスへの明るさの変換値。

良い作品は何度でも見られていく 20年後に僕がいなくても

──ドラマ『火花』との出会いが一つの転機になったと聞きました。

Netflixが日本に来て間もない2015年、『火花』という作品をNetflixの仕様に合わせて作るべく、制作プロダクションよりIMAGICAが受注をして、技術コーディネーターとして声をかけてもらい参加しました。

仕様は、当時の日本では知見はあるものの、経験が少なく難しいもので、アメリカの技術スタッフと何度もやりとりをしながら進めた挑戦作でした。

例えば、撮影したデータは、編集途中のファイルまで工程が分かるように残しておくよう求められました。今回は僕が担当したけれど、20年後に僕がいなくても、その時の新しい技術を使って作品を再現できる、という考え方なのです。

映像の表現領域として「SDR」と「HDR」というものがあります。HDRの方が、人間の見た目ぐらいに光のレンジが広がっているので、立体的に生々しく見える特徴があり、臨場感がある映像になります。同じ画であっても、処理とモニター環境を変えると見え方が違ってくるのです。

SDR
HDR

当時、近い将来にHDRで作品を観る環境が一般家庭にも来ると言われていました。その時に、映像や音声の編集が終了した状態の「完パケ」のデータしかなければ、それ以上新しい表現ができないんです。でも、大元のデータから作業できる環境を残しておけば、もう一度再現することができる。

良い作品は将来ずっと、何度でも見られていくからそのために備えるという考え方が既にあったのです。

『ポケットモンスター』からライブフィルムまで 挑戦し続ける

──キャリアを積んできた中で、印象深い作品は?

軒並み思い出深いですけど、IMAGICAのフィルムの色彩調整部門「タイミング」に所属していた頃の作品で『トニー滝谷』です。

亡くなった市川準監督の作品で、ものすごく難しい作品で、今も好きな人が多い映画です。アニメーションでは『ポケットモンスター』もテレビシリーズと劇場版の初期から数作を担当していました。キャリアの初期に担当したので、ポケモンと僕の歴史は一緒みたいな(笑)

近年では、新海誠監督の『天気の子』『すずめの戸締まり』の技術コーディネートや、ドルビーシネマでの上映を意識して作った『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM “Record of Memories”』など。

やはり、新しい技術を使った一発目の作品というのは転機ですよね。本当に多くの作品、色々な節目で新しいものに関わらせていただきました。

──現在取り組んでいる作品について教えてください。

『今際の国のアリス』でも、シリーズごとに毎回新しいことに挑戦しています。

例えば、シーズン1はSDR仕上げ、シーズン2はHDR仕上げです。

ネタバレになってしまうので詳しくは言えませんが、シーズン3でも新しい挑戦があって、今までできなかったVFX技術もありますし、撮影スタジオも含めて、挑戦することが多いです。それに対して僕の中でかなり時間はかけていると思います。

© 麻生羽呂・小学館/ROBOT

2023年12月に竣工したTHE SEVENの専用の「M6スタジオ」でも一部の撮影を行っています。

このスタジオを作る時に、ポスプロスーパーバイザーの観点から意見を出し、撮影データを扱う専用の部屋を作りました。現場ですぐにデータのクオリティチェックまでできる設備は国内では珍しく、スタジオを作ってゆく過程もまた新たな挑戦で、楽しいものでした。

鄭重声明:本文の著作権は原作者に帰属します。記事の転載は情報の伝達のみを目的としており、投資の助言を構成するものではありません。もし侵害行為があれば、すぐにご連絡ください。修正または削除いたします。ありがとうございます。