(ブルームバーグ):ドラギ前欧州中央銀行(ECB)総裁は、欧州連合(EU)が競争力を強化し中国や米国に対抗できるよう投資を年8000億ユーロ(約127兆円)増やすことを提言した。共同債の定期発行への同意も求めた。
これに対し、そのようなアプローチはEUの構造的な問題を解決しないと、ドイツのリントナー財務相はすぐさま反論。
「ドラギ氏の債務に対するアプローチに極めて懐疑的だ」とリントナー氏はntvに述べ、「簡潔に要約するなら、ドイツが他国のために支払うべきだということだ。それが基本計画にはなり得ない」と続けた。
ドラギ氏は、EUの競争力に関する待望の報告書の中で、先端技術の開発促進、気候変動目標の達成に向けた計画の策定、重要原材料の防衛と安全保障の強化をEUに促し、これらを「存続に関わる課題」と位置付けた。
欧州が競争力を維持できるよう経済を変革するためには、域内総生産(GDP)の約5%に相当する投資拡大が必要だと、ドラギ氏は主張。この水準に上る投資は、過去50年余りの間見られていない。
EUの経済成長ペースは米国を「持続的に下回っている」と同氏は警告し、東西の競争相手と張り合えるほどのスピードで経済のデジタル化と脱炭素化をEUが進めることができるのか、疑問を呈した。
「欧州が生産性を向上できなければ、われわれは選択を迫られる。テクノロジーのリーダー、気候変動対策の先導役、世界の舞台での独立したプレーヤーのすべてに同時になることはできなくなり、すべてではないにせよ、いくつかの野望を縮小せざるを得ないだろう」と報告書で論じた。
ドラギ氏は9日、ブリュッセルで記者団に対し、「冷戦以来初めて、われわれは存続を巡る本物の恐れを感じる必要がある。一致した対応を必要とする理由がこれほど説得力を持ったこともない」と語った。
共同債の発行増加など今回の提言の最も野心的な部分の実践は、ドイツやオランダなど、財政統合への反対が強い国々からの猛反発に遭いそうだ。さらに、EU主要国の多くは国内の政治状況が難しく、譲歩の余地も限られている。
ドラギ氏に報告書の提出を求めたフォンデアライエン欧州委員長は、同氏の提言をどこまで取り入れるかを決定しなければならない。
欧州の指導者たちは、主要ライバルに対する競争力の低下をますます痛感しつつある。競争力低下は、エネルギーの域外依存と原材料の不足が一因だ。電気通信産業や防衛産業がスケールメリットを生かせず、安全保障で機敏な態勢が十分にとれていないことも障害となっている。
EUは温暖化ガス排出削減や次世代技術創出の野心的な目標を掲げている。だが、技術開発促進に必要な多額の資金を域内間で融通できるようにする資本市場障壁の引き下げは、今のところ前進できていない。
民間部門にとっての朗報は、ドラギ氏が通信業界の統合が必要だと指摘したことだ。「コネクティビティーへの高い投資率を実現するために」必要だとドラギ氏は論じた。
ドラギ氏は報告書で、EUの経済成長が過去20年にわたり米国を下回り続けていると指摘、生産性の伸びが比較的小さいからだと論じた。高いエネルギー費用と中国に対する競争力喪失に苦しみ続けているドイツの産業界は、とりわけ弱さが際立つようになった。ドイツの国内総生産(GDP)は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)前から、ほぼ伸びていない。
欧州の生産性の低迷は、政治的分断による域内経済大国政府の弱体化と、ドラギ氏が求める共同債発行などの野心的な解決策に反対するポピュリスト勢力の台頭によって、悪化している。
グリーン転換に向けた米国の金融優遇策や、多額の補助金が投じられている中国の積極的な産業計画に対して、欧州の対策は鈍く、すでにいくつかの主要産業でそのしわ寄せが生じている。
フォルクスワーゲンは87年の歴史で初めてドイツ国内の工場閉鎖を検討していると発表した。
ナティクシスのエコノミスト、アリシア・ガルシアエレロ氏はブルームバーグテレビジョンとのインタビューで、「欧州は守りが解決策にはならず、一時的しのぎにしかならないことを理解する必要がある」と発言。「攻勢に出なければならない。より良い条件で競争すること、つまり、より多くのイノベーションが必要だ。単一市場を強化しなければならない」と語った。
ドラギ氏は、今世紀半ばまでにネットゼロを達成するというミッションに乗り出すEUの産業界が直面する課題を明らかにした。EU域内のエネルギー価格は高過ぎ、投資を抑制している。一方、EUの気候変動目標は、排出量の多い業界に短期的に大きな負担を強いている。
中国と米国はこのような障害に直面していないにもかかわらず、こうした業界への金銭的な支援はEUよりも大きい。
エネルギー計画
エネルギー転換を好機とするためには、欧州はすべての政策を気候変動目標に連動させ、エネルギー生産者とクリーンテクノロジー、自動車セクター、そして排出削減が困難なエネルギー集約型企業にまたがる脱炭素化と競争力強化のための一体的な計画を打ち出す必要がある。
ドラギ氏の報告書によれば、化学や金属などEUの4大エネルギー集約型産業は、脱炭素化実現に今後15年間で5000億ユーロが必要になる。これに加え、輸送関連で必要な投資が2031-50年で年1000億ユーロに上るという。
ドラギ氏は自動車業界について、「EUの計画のなさを示す重要な例」だと呼んだ。「事実上あらゆる領域」でEU全加盟国をリードし、生産コストも低い中国に、欧州自動車メーカーは市場シェアを奪われ続けるという現実的なリスクがある。
報告書では、無人機、極超音速ミサイル、指向性エネルギー兵器、防衛用人工知能(AI)、海底・宇宙戦などの防衛研究開発や宇宙分野での共通資金調達を提案。防衛装備品の共同購入拡大や、競争力がある限り欧州企業を優遇することも提言した。
EUは新型コロナウイルス禍を克服する資金として8000億ユーロを共同債で調達した復興基金「ネクストジェネレーションEU」のモデルを踏襲できるだろうと、ドラギ氏は示唆した。
だが、現行の規則に従うと、EUは同基金の期限が切れる2026年以降、追加的な純借り入れを停止することになっている。防衛や気候変動などの資金として追加発行を行う議論はあるが、恒久的な共同借り入れにはドイツが断固反対している。
原題:Draghi Says EU Itself at Risk Without More Funds, Joint Debt (1)、Draghi’s Vision for EU Renewal Hits Wall of German Opposition(抜粋)
(第2、第3段落にドイツの反応を加えます)
--取材協力:Katharina Rosskopf、Samuel Stolton.もっと読むにはこちら bloomberg.co.jp
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