全国各地で品薄が続いている米価格も高騰。米不足が深刻な中で、なぜ政府は備蓄米を放出しないのか、“令和のコメ騒動”の現場を取材した。

“令和のコメ騒動”いつまで? 凶作でないのに…原因は

東京・足立区のスーパーでは、1家族1点限りの購入制限の中、この日入荷したばかりの新米が飛ぶように売れていた。購入客たちは「あったら買おうと思って。もうお米1カップ分しか残っていない」「(何軒回ったか)4軒目。やっとここで買えた」「5キロ3000円で知らない米だし、少し高いと思うけど買った」という。
「スーパーさんよう」の阿部芳邦さんは「(入荷は)非常に不安定な状況が続いている。価格でいうと1.5倍ぐらいは上がっている。大体(5キロ)3000円が目安。2か月くらい特売は控えるようにと問屋から言われている。数が安定的に入らないので」という。

1993年、記録的な冷夏による大凶作で起きた“平成のコメ騒動”。この年から翌年の前半にかけて、各地で米を買い求める大行列ができた。これに対し、“令和のコメ騒動”の原因は…東京・中野区にある創業73年の老舗精米店の店主に聞いた。

伊藤精米店 五ツ星お米マイスター 伊藤武夫さん:
2023年の夏の暑さの影響で、お米がちょっと粒が小さいとか、精米をすると割れやすく製品化するのにはいつもより(玄米を)少し多めに使わなければいけなかったことも要因の一つ。

収穫量が平年に比べて、多いか少ないかを示す「作況指数」で見ると、2023年は全国平均で平年並みの101。在庫は十分かと思われたが、実際には猛暑の影響で大きさが基準に満たない米や精米すると割れやすい米が多かったという。さらに、店主の伊藤さんは需要と供給のバランスが崩れたことが大きいと指摘する。

伊藤精米店 五ツ星お米マイスター 伊藤武夫さん:
新米と古米の入れ替わりの時期が(コメの流通量が)少ないのは当たり前。お盆休みと台風と地震とその辺が折り重なってしまった。需要と供給のバランスが崩れて過剰に反応してしまって、必要以上に今まで購入していたサイクル、量をいつもより多めに買う方がどうしても増えてきてしまっている。

“令和のコメ騒動”いつまで? 実現しない備蓄米の放出

大阪府の緊急調査では、約8割の小売店で米の品切れが発生していることが判明。8月26日、吉村知事は政府に対し、備蓄米を放出するよう求めた。

大阪府 吉村洋文知事:
(コメの)需給がひっ迫しているのであれば、(備蓄米を)倉庫に眠らせておく必要はない。

これに対し坂本農水大臣は「新米が通常より早く出回り始めているので、不足感はだんだん減少していくだろう。備蓄米は備蓄米なので、よほどのことがない限り、様々な流通に影響を与える恐れがある。慎重に考えなければいけない」と発言。これを受け、岸田総理は坂本農水大臣に対して、流通不足の懸念に対処するよう指示した。

岸田文雄首相:
消費者の立場に立って、米の流通不足の懸念に対処し、引き続き市場を注視し、円滑な流通に取り組んで下さい。

なぜ政府は備蓄米の放出に慎重なのか。元農水官僚で、キヤノングローバル戦略研究所の山下一仁氏に聞いた。

キャノングローバル戦略研究所 山下一仁研究主幹:
そもそも消費者のことなんか考えていない。もし備蓄米を放出すると、供給量が増えるので市場の供給量が増えて米価が下がる。今まで農水省がやってきた米価を上昇して農家所得を維持するという政策が無になる。そういうことを恐れて、農林水産省は、備蓄米を絶対放出したくない。それが本音だと思う。今、農林省が言ってるのは「新米が共有されるからいいでしょう」。2024年の9月から2025年の8月までに食べる量を早食いしろと言っている。早食いしたらその分だけ2025年の8月にまた足りなくなるのは当たり前。今年の不足分を配布したら来年また不足になる。

“令和のコメ騒動”いつまで? 出来栄えは?新米収穫始まる

米不足の心配は今年に限ったことではない。去年を上回る猛暑で、2025年も米不足が起きないか懸念されている。埼玉県の米どころ、加須市では、一足早く、コシヒカリの収穫が進んでいる。2024年も猛暑だったが、米の生育状況はどうなっているのか。米の生産者である「おおや農園」大谷寿男代表に聞いた。

おおや農園 大谷寿男代表:
今年のコメは品質の良いものが獲れている。今刈った中では、比較的順調に生育していて、収量も平年並みかやや多いぐらいに獲れている。今年も暑かったので心配していたが、比較的いい品質のものができた。水をかけ流すことによって、少しでも温度を下げるように、根を健全に保てるような工夫をした。

こうした作業により、高温が続いたことによる米の品質への影響もないとのこと。

おおや農園 大谷寿男代表:
これから稲刈りをどんどん進めていくので、皆様のところにももうしばらくすると流通していくと思う。

この日、埼玉県内にあるJAでは新米の出荷検査が行われていた。米の粒が揃っているか、汚れや傷がないかなどを確認し、等級を付けていく。

JAほくさい 営農経済部 野中実さん:
今年のコメの品質で白未熟粒であったり、カメムシが多かったので被害の有無を調べている。今年の出来はまずまずだと思っているので、去年に比べれば期待してもらってもいい。

“令和のコメ騒動”いつまで? 暑さに強い新品種を開発

埼玉県熊谷市にある農業技術研究センターで開発しているのが、暑さに強い新品種「えみほころ」だ。「食べると顔がほころんで笑顔になる」との思いを込めて名付けられた「えみほころ」は栃木県産の「とちぎの星」と、埼玉県産の「彩のかがやき」から育成した品種を掛け合わせて開発した。

埼玉県農業技術研究センターの水稲育種担当・大岡直人さんは「暑さに強いというのが一番の特徴。暑さによって玄米に障害が出るが、その障害の発生の程度が軽減できる品種になっている。埼玉県熊谷市は非常に暑い街として有名だが、地の利を生かした、暑い気候を生かした研究を進めている」と説明する。今年の暑さでも生育は良好だという。「えみほころ」は、現在商品として販売できるようになる「品種登録」の申請中で、農林水産省が審査している。

今後、新米の流通量が増えるにつれ、米不足は解消されていくとみられるが、こうした米作りの現場の努力だけで、今回のようなコメ騒動は解決するのだろうか。

“令和のコメ騒動”いつまで? 実現しない備蓄米の放出

コメに関しては、量がないだけでなく価格も上がっている。7月の消費者物価指数を見ると、米類の価格の上昇率は2023年の同じ月と比べて17.2%と20年ぶりの高さになっている。そして8月30日に発表された東京23区の8月の物価指数では26.3%と大幅な上昇となっている。

そこで注目される「備蓄米」の制度とは。現在政府の備蓄米は91万トンあり、災害など緊急時に限って主食用として供給できるようになっている。毎年20万トン程度を買い入れて、その代わりに5年たった米は主食米の市場価格に影響しないように飼料用などとして販売するというシステム。直近のデータでは、この制度を維持するために単年度で482億円使っている。

――それだけ財政支出をしながら、コメ危機といわれてるときに、一つも使わないのはもったいないが。

東京大学名誉教授 伊藤元重氏:
備蓄米制度の中でこういう状況は想定していなかったが、情勢を考えれば足りないので出せばいいので、そこは柔軟に考えるべきだと思う。

――農水省は「全体の需給が逼迫していない。流通在庫があってそれがうまく出ていないから、棚に並んでないという状況が生まれている」というが、備蓄米制度を活用することによって市場を刺激することはできるのでは。出すことによって価格が下がるかもしれないと関係者が思えば、売りが出てきて、実際に物が出てくるということは起きそうだ。

コメの需給全体の問題もあるという指摘もある。米の「生産量」は2023年661万トンまで減っていて、15年間では約200万トン減っている。一方で「消費量」は2023年702万トンで、10年ぶりに増加に転じている。

――需要も増えてきて、気候変動もある中で、本当にコメが足りているのか心配だ。

東京大学名誉教授 伊藤元重氏:
一方で需要が増えて、供給を超えてきたことは、ある意味でチャンス。日本の農業政策・コメをもっと強くすることができる。

――外食や中食で、安い米のニーズも高まっている。市場のニーズに対応した形で行政を進めて欲しい。

(BS-TBS『Bizスクエア』 8月31日放送より)

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<プロフィール>
伊藤元重氏
東京大学名誉教授 専門は国際経済学
経済財政諮問会議 民間議員など歴任
近著「世界インフレと日本経済の未来」

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