(写真:metamorworks/PIXTA)

新規事業開発は多くの企業が頭を悩ませる重要な経営課題であり、昨今では特にデジタルを活用した事業開発に各社が注力しています。新規事業部門の設立や、新規事業担当役員といった肩書も、一層多く見かけるようになりました。

大企業はブランドや販売チャネルを駆使して素早く事業を拡大できる力を持っており、大企業での事業開発はスタートアップとは違う面白さがあります。しかし、大企業特有の問題によって、検討が頓挫する、事業が清算される、といった事態も多く見てきました。経営と現場の意識ずれ、曖昧な合意形成や約束の反故、他部門からの横やりが原因です。

実際、従業員数300名以上の企業の新規事業担当者によるアンケートでは、「非常に成功している」と答えた割合が2.3%、「どちらかというと成功している」を含めても30.6%です(パーソル総合研究所2022年度調査)。

そこで今回は、少しでも新規事業の成功率を高めることを目的に、野村総合研究所(NRI)自身の新規事業や事業開発支援時に発生した/しかけた事象をもとに、よくある遅延・失敗の問題と回避策を解説します。

問題は「見ざる・聞かざる・言わざる」

一般的な新規事業開発のステップは「構想策定」「検証」「構築」、「改善・グロース」の4つ(下図)からなりますが、問題は「見ざる・聞かざる・言わざる」の3つの猿として整理することができます。

①「見ざる」:市場を見ずに計画を立てる

構想策定時の問題は、儲かる・勝てる・できる事業構想を描けていない状況で、検討ストップを回避するために無理やり投資判断基準を超える計画を立てることです。

バラ色の計画を立てたせいで、開発フェーズにおいて現実との乖離が明らかになりコスト削減に追われるリスクをもたらします。主要機能の開発範囲を狭め、十分な営業体制を組めなくなった結果、プロジェクトメンバーが市場に合わない製品を無理に販売する厳しい状況に直面し、退職に至ることもあります。

問題を防ぐには、現実的な目標設定と、計画をブラッシュアップし続けるという経営層との合意が必要です。「後で変わります」と宣言するだけでは言い訳を用意しているように思われるので、定期的な見直しタイミングと条件をあらかじめ決めておきましょう。そうして、事業計画は「バージョン0」である、という認識を会社全体に刷り込んでいくのです。

支援の経験上、最初に作った計画は楽観的すぎるものになるため、チーム内で悪魔の代弁者(議題に対してあえて批判や反論をする役割)を立て、批評の場を持つことをおすすめします。

それを怠り、勝ち筋の検討が甘いままサービス構築まで進んでしまうと、事業拡大できずに投資も凍結され、撤退やゾンビ化(リリース後に放置されコストを生み続ける)するリスクが生じます。

事業構想フェーズでは一度立ち止まり熟考する、その後の検証~構築はスピーディに実行する、というギアチェンジの意識が重要となります。

製品/プロダクトは「永遠のβ版」という認識を

②「聞かざる」:顧客の声を聞かずに当初プランに固執する

検証フェーズはMVP(Minimum Viable Product)という、顧客に価値を提供できる最小限の製品/サービスを作るフェーズです。このフェーズでは我が子可愛さに当初プランに固執して失敗するケースがとても多く見受けられます。

事業計画同様に、製品/プロダクトは「永遠のβ版」という認識を持つべきです。つまり、想定顧客からの率直な声を拠り所にした見直しが大前提になります。

BtoCの場合、クイックに試作品を作り、料金を設定して実際に利用してもらうのが一番です。プランの転換を検討する際に「コストをかけて試作したのに顧客に使われなかった」という事実は強い説得力を持ちます。

BtoBの場合、7~8社からの利用意向が成功の重要な指標となります。既存の顧客との関係を活かすのが理想的ですが、既存事業部からライバル視され営業現場での協力が得られないこともあります。

効果的なアプローチの一例として、営業部の役員を構想フェーズから検討に巻き込み、支持を得る工夫があげられます。この方法は、市場投入プロセスをスムーズに進める助けにもなります。

③「言わざる」:リスクを経営層に言わずにリリース直前に揉める

構築フェーズでは、無理なスケジュールの変更を進言しなかったせいでシステム開発が炎上する、パートナーとの契約条件を詰め切っておらず契約が破断になる、合意したはずの要件変更が忘れられリリースの承認が得られない、そういった事象が頻発します。リリース予定が近づき尻に火がついた状態で、担当者にとって最も苦しい状況に陥る可能性のある怖いフェーズです。

残念ながら効率的な解はありません。意思決定の場を設定し、明確に合意する、合意した内容を必ず文章に残しておく、という凡事徹底こそが解決策です。

NRIでは、独自開発した「事業開発ダッシュボード」で過去の検討経緯・決定事項と最新の検討内容を可視化することで、関係者間の認識齟齬を回避しています。事前に検討項目と各検討の留意点を定めて関係者で合意し、可視化用のフォーマットを作成しておくことをおすすめします。

以上、3つの「猿」について問題と回避策を下の図表にまとめています。

問題回避の劇薬:事業共創の仕掛け

さて、ここまで簡潔に問題と回避策を解説してきましたが、最後に飛び道具を1つご紹介します。それは、共同事業やジョイントベンチャー(JV)の設立といった「事業共創」です。目的や役割が明確に規定できれば、コンソーシアムという枠組みでも良いでしょう。

NRIの支援事例でも、他社を巻き込んだおかげで実を結んだケースが多くあります。幅広い視点から事業計画・構想が評価され、企業間の取引なので議論結果が明確になり、「見ざる・聞かざる・言わざる」問題に対処しやすくなります。その効果は、リスク回避の傾向が強い日本企業では想像以上に強力です。

ただし「劇薬」と書いているように大きなリスクもはらんでいます。社員の出向が取りやめになる、出資比率を下げられる、相手の特定部署に話が通っておらず協力を得られない。そのような事態を避けないといけません。

事業全体の必要機能を描き、自社が確保すべきデータやアセット、便益について他社との交渉前に明らかにしておく。そのうえで、足りないリソースを持つ他社と交渉することで、自社の利益を損なわずに協業を進められます。

注意点は、事業計画の見直しタイミングに必ず他社との交渉状況の条件を入れること。そうしないと、計画に合うように無理に交渉を推し進めた結果、不利なパートナーシップを結ぶことになりかねません。

実は、他社も連携したがっているという前向きな情報があります。製造業大手の72.5%の企業が、社会や顧客に価値を提供するにあたり外部連携が重要だと考えていますが、十分にできていると考えるのは全体の10%であり、ほとんどの企業が外部連携を求めています(NRIが2023年度に実施した40社への簡易調査)。

事業開発を考える際に、他社との競争にどう勝つかを考え抜くのは当然ですが、一方で、他社との共創ができないか、柔軟に考えてみることもおすすめします。

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