(ブルームバーグ):韓国は地政学的断層の上に建てられた半導体工場だ。

朝鮮半島で戦争が起こる可能性は非常に低い。だが、もし戦争が勃発すれば、人的・経済的コストは壊滅的な水準に膨らむだろう。半導体の供給不足は世界中のサプライチェーンを混乱させ、グローバル経済をリセッション(景気後退)に陥れる。

北朝鮮と韓国の全面戦争が起きる確率は非常に低いが、ゼロではない。ロシアのプーチン大統領は6月、平壌で金正恩朝鮮労働党総書記と会談した。プーチン氏の訪朝は24年ぶりで、冷戦時代の協力関係を復活させ、新たな防衛協定を締結した。

ブルームバーグ・エコノミクス(BE)の分析によれば、朝鮮半島で本格的な紛争が起きれば、数百万人が死亡し、世界経済は初年度に国内総生産(GDP)の3.9%に相当する4兆ドル(約615兆円)の損害を被る可能性がある。

台湾と同様、主要な半導体生産拠点としての韓国の役割はGDPの規模以上に世界経済に大きな影響を及ぼす。

サムスン電子は時価総額で世界トップ30に入る企業で、世界のDRAMの41%、NAND型メモリーの33%を生産。同社の製品は、米アップルから中国のスマートフォンメーカー、小米に至る世界中の企業にとって不可欠な存在だ。

もし韓国の電子機器輸出がストップすれば、世界経済に衝撃が走るだろう。韓国は世界の工場で使われる全電子部品の4%、メモリー半導体の約40%を製造。

2022年時点で半導体を重要な原材料として使用する電子機器や自動車などの分野は、台湾ではGDPの30%、中国で11%、日本では8%を占めた。


冷戦の記憶

北大西洋条約機構(NATO)拡大を支え、アジアで同盟関係を強化している米国は、公式・非公式の協定で結ばれ、通常兵器や核兵器で武装し、世界有数の産業基盤に支えられた敵対勢力と対峙(たいじ)している。

ウクライナではロシア軍が北朝鮮製の砲弾を撃ち、中国は経済面からロシアの戦時体制を支援。東アジアで軍事的プレゼンスを高める中国は、台湾への圧力を強化。プーチン氏が北朝鮮と協定を結ぶ一方で、金氏は韓国を「壊滅」させると脅している。

世界秩序の地殻変動が進む中で、韓国ほどリスクにさらされている経済はほとんどない。かつて冷戦時代最後のフロンティアだった北朝鮮と韓国を分かつ南北境界線は、地球上で最も重武装された地域の一つだ。さらに、ロシアとのパートナーシップが核を巡る北朝鮮の能力を一気に高める恐れがある。

09-11年に韓国外交通商省朝鮮半島平和交渉本部長を務め、現在は野党「共に民主党」の議員である魏聖洛氏は、今後数年のうちに朝鮮半島で小競り合いが起こる可能性は30%程度で、いかなる衝突も広範な紛争へとエスカレートし得ると分析。

「ソ連崩壊以来、最も深刻な状況だと言えるだろう。ある種の出合い頭の衝突が小火器による銃撃戦に発展し、それが機銃掃射や砲撃戦に転じる可能性がある」と述べた。

戦争シナリオ

全面戦争となれば、ソウルの主要な軍事・政治・経済目標を北朝鮮が攻撃する公算が大きい。ここ数カ月、金氏は、南北境界線から70キロ以内の半導体製造施設を破壊できる精密ロケット砲や、約250キロを飛行できる短距離弾道ミサイルなど、先制攻撃に使用される兵器をテストしてきた。

金氏が自らの体制存続に危機を感じれば、核攻撃を仕掛けるかもしれない。韓国国防研究院(KIDA)が昨年まとめた調査によると、北朝鮮は約80-90発の核弾頭を保有していると推定されており、これは韓国や日本、さらには米国への核攻撃を試みるのに十分な量だ。

つまり、韓国の製造業の半分近くと半導体の生産能力のほとんどが破壊される可能性がある。中国とロシア、日本への近海航路も寸断されるだろう。

朝鮮戦争(1950-53年)のように米国と中国はそうした事態において互いに対立する可能性が高く、世界1、2位の経済大国間の貿易は新たな障壁に直面し、世界市場で資産価格が急落すると見込まれる。

BEはこうした衝撃を一連のモデルに落とし込み、1年後のGDPへの影響を試算した。

  • 韓国経済は壊滅的な打撃を受け、工業生産と輸出が激減し、37.5%縮小する
  • 韓国から半導体が輸出されなくなり、対米貿易が減少。海運が途絶えることで、中国のGDPは5%の打撃を受ける
  • サービス業が主体の米国は比較的影響を受けにくい。それでも、半導体不足と市場の急落はGDPに2.3%の打撃を与えることを意味する
  • 世界のGDPは3.9%減少する。東南アジアと日本、台湾は韓国の半導体に依存しており、海上の混乱に弱いため、最大の打撃を受ける

BEの調査は、地政学と経済モデリングの専門知識を集めた独自なものだが、結果はシナリオの前提に大きく左右され、不確実性の幅は広い。

韓国で産業基盤の多くが無傷で残る限定的な戦争であれば、影響は小さいだろう。米軍と中国人民解放軍が向き合い、北朝鮮のミサイルがより広範な標的を攻撃するような戦争になれば、その代償はさらに大きくなる。

環境の変化

戦争はほぼ間違いなく北朝鮮の金体制を終焉(しゅうえん)に導くことから、戦争が起こる可能性は依然として低い。金氏は米国による政権転覆を阻止するために核兵器が必要だと述べている。

ダニエル・K・イノウエ・アジア太平洋安全保障研究センターのラミ・キム教授(安全保障研究)は「自殺願望がない金氏は十分に理性的だ」と言う。

戦争や飢饉(ききん)、貧困にもかかわらず、金一族の北朝鮮支配は75年以上も続き、53年の朝鮮戦争休戦以来、半島で大きな紛争は起きていない。今後数年間で最も可能性の高いシナリオは、金体制が存続し、緊張は持続するが管理可能であるというものだ。

北朝鮮は現在、米国と中国、ロシア、韓国、日本が平和的に北朝鮮の核開発を終わらせることを目指した6カ国協議に参加した2000年代前半と比べれば、はるかに強い立場にある。

今の北朝鮮は核兵器を保有し、ロシアと連携。一方、中国と米国は地政学的な闘争を続けている。

ロシアの技術は北朝鮮製ミサイルの射程距離と信頼性をさらに向上させる可能性があり、金氏がニューヨークやロサンゼルスなど米主要都市を核攻撃で脅かそうとした場合、成功確率が高まる。

17年に「炎と怒り」で北朝鮮を一掃すると脅したトランプ米大統領(当時)が今年の大統領選で勝利すれば、新たな不安定要因が加わるかもしれない。トランプ氏は米国が世界の安全保障を引き受けるために米国が資金を負担し続けるべきかどうか声高に疑問を呈する一方で、金氏と3回も会談している。

22年5月から24年2月まで韓国外務省朝鮮半島平和交渉本部長だった金健氏は「トランプ氏は不動産業出身で、不動産は通常1回きりの取引という特殊性がある」と説明。「国家間の関係は、繰り返し行われるゲームで、それとは異なる」と話した。

トランプ氏の対韓政策は、合同軍事演習や米戦略資産の配備、そして在韓米軍2万8500人の変化につながる可能性もある。

仮にトランプ氏がホワイトハウスに返り咲き、長年の同盟国である韓国を見捨てるような態度を示せば、韓国は独自の核兵器を手に入れようとする動きを強めるだろう。

体制崩壊シナリオ

朝鮮半島危機への道は戦争だけではない。 金正恩体制の崩壊もシナリオの一つだ。

政権内部の混乱や健康問題を抱える指導者1人に権力が集中していること、そして貧困が政治的不安定を招きやすいといった要因が、その可能性は低いとはいえ、現実味をもたらしている。

北朝鮮の1人当たりの年間GDPは約590ドルと世界最低水準にあり、スーダンやイエメンのような不安定な国とほぼ同じ立ち位置だ。

金体制崩壊の場合、米国と韓国、中国にとって喫緊の課題は北朝鮮の核兵器を確保することだ。そうなれば、米韓の軍隊と中朝の軍隊が対立する可能性がある。中国と北朝鮮は米国の支援を受けた勢力が目の前に現れるのを防ぐためなら、どんなことでもするだろう。

BEは、このようなシナリオの場合、韓国は鉱工業生産混乱と地合い悪化により、GDPに2.5%の打撃を受けると予測している。

韓国GDPの損失は他地域での生産増強によってほぼ打ち消すことができ、中国と米国、そして世界のGDPはそれぞれ0.5%、0.4%、0.5%の減少と見込まれる。

今は韓国の与党議員となっている金健氏は、状況は緊迫しているものの安定しており、南北どちら側にもエスカレートさせる動機はないとみている。「北朝鮮は勝てないと分かっている。われわれは勝つにしても、重い代償を伴うことを知っている」と述べた上で、紛争の可能性は非常に低いとはいえ、韓国はいかなる事態にも備えていると説明した。

原題:War With North Korea Would Kill Millions, Cost World $4 Trillion (1)(抜粋)

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