(ブルームバーグ):インフレがかなり抑制されている日本で、次期首相を狙う2人の国会議員が利上げを主張している。河野太郎デジタル相と自民党の茂木敏充幹事長はそれぞれ行き過ぎた円安の副作用を理由に日本銀行に金融引き締めを求めた。

米国では対照的にトランプ前大統領が以前から利下げを要求している。一般的に政治家は利下げを求める。利上げで景気が落ち込んだ時に責任を取りたくはないからだ。驚くべきなのは、日本では利上げを求める声が政権与党内から上がっていることだ。トランプ氏は野党の大統領候補としてこのような発言をしているが、河野、茂木両氏は完全に政権のインサイダーだ。

これは異例の政治的圧力であり、植田和男日銀総裁の仕事をより複雑なものにする。植田氏はすでにセントラルバンカーとして最も難しいバランス感覚を要求されている。経済を軌道から外したり、デフレに逆戻りさせたりすることなく、世界最大の金融緩和プログラムを解除しなければならないのだ。

それに加えて今、植田氏は日銀外からのさまざまな干渉にも気を配らなければならない。金融政策の枠組みについての議論は10年以上、ほとんど片隅に追いやられていたが、金融緩和の是非や日本の異例な政策、緊縮財政、国の債務負担を巡る古くからある対立が再び表面化しつつある。

3月に8年間続いたマイナス金利政策に終止符を打った植田氏は、こうした声を無視することがベストなのだが、問題はそれほど単純ではない。どこの国・地域の中銀トップも認めているように、立法府サイドからの要求を退けることは長期的なキャリアにプラスにならない。

しかし、もし政府が日銀にその立場を変えてほしいと望むなら、2013年に出した政府・日銀の共同声明(アコード)を見直すことから始めるべきだ。この共同声明では、デフレ脱却のために両者が協調することに合意している。

日銀は今週、大規模な国債買い入れを縮小する計画を示す見込みだ。少数だが、日銀がこれに加え追加利上げを実施すると予想するエコノミストもいる。

就任して1年余り、植田氏は慎重な日銀総裁であることを示してきた。国債購入減額と同時に金利を引き上げれば、必要以上にタカ派的な姿勢を示すことになる。

金利をゼロから0.1%に引き上げるのに1年をかけた植田氏が本当にダブルパンチを繰り出すつもりなのだろうか。われわれは懐疑的な見方を続けているが、情報が漏れやすい日銀からの最近のリークは、確かにその議論がなされ得ることを示唆している。

主役

日本経済新聞に先週掲載された興味深いコラムは、政府の一角と日銀の間にある見解の相違をほのめかしている。こうした状況は決定をさらに複雑にする。日銀が30日から2日間の金融政策決定会合で利上げを決めれば、消費腰折れを懸念する財務省が「議決延期請求権の行使」に動く可能性があるとの匿名の情報源からの話が紹介されている。

もしそれが本当なら、植田氏は利上げせよとの一方向だけでなく、利上げするなという別の方向からの圧力も受けていることになる。

日銀がゼロ金利政策を解除した2000年8月の会合で、政府は議決延期請求を1度だけ行使したことがある。政府は、経済統計に照らしゼロ金利解除は時期尚早だと主張して延期を求めたが、政策委員会によって否決された。

この時の状況に、現在は呼応している。利上げの話題は多いが、それを裏付ける経済データはほとんどない。過熱する経済を抑える必要というより、外部からの圧力と今も続いている過激な金融政策への忌避感が根底にあるように見える。2000年の夏、利上げ決定に反対票を投じた1人は日銀審議委員だった植田氏だ。

植田氏の判断は正しかった。当時の速水優日銀総裁と全く異なる見解を持っていたわけではないが、植田氏はポジティブなトレンドが定着していることを確認するためにもう少し辛抱することを望んだ。その時は会合参加者の中で比較的若かった植田氏は24年後の今、暑い夏の主役として戻ってきた。

歴史は植田氏の正しさを立証した。 翌年、世界経済は著しい減速に見舞われ、日銀は金融政策を引き締めから緩和に反転させた。速水氏は日銀総裁としての信用を取り戻すことはできなかった。

植田氏は速水氏と同じような結果を招くリスクを冒す必要はない。欧州中央銀行(ECB)のドイセンベルク初代総裁を見習えばいい。オランダ人のドイセンベルク氏は景気減速に直面するユーロ圏各国の閣僚たちから強い圧力を受けていた。2001年に利下げに消極的な姿勢について記者団に問われた際、ドイセンベルク氏は、閣僚らの意見は「聞こえているが、聴いてはいない(I hear but I do not listen)」と答えた。

学者肌の植田氏には、こんな気の利いた返答をするのは難しいかもしれない。しかし、本質においてドイセンベルク氏に倣うことはできる。慎重さはこれまで、植田氏に良い結果をもたらしてきた。今はそれを放り出す時ではない。

(リーディー・ガロウド、ダニエル・モス氏はブルームバーグ・オピニオンのコラムニストです。このコラムの内容は必ずしも編集部やブルームバーグ・エル・ピー、オーナーらの意見を反映するものではありません)

原題:BOJ’s Back-Seat Drivers Add to Ueda’s Headache: Reidy & Moss(抜粋)

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