台湾有事に米中対立。供給リスクが認識された。

インテルのゲルシンガーCEO(左)は工場建設の意義を強調(写真:Tom Brenner/The New York Times)

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ウクライナ、イスラエルとガザ、台湾有事、朝鮮半島の緊張…… 世界が混迷を極める中、「地政学」は地理と歴史の観点から、国際情勢の読み解き方を教えてくれる。『週刊東洋経済』4月20日号の第1特集は「わかる! 地政学」。地政学がわかると世界の仕組みが見えてくる!※本記事は2024年4月20日6:00まで無料で全文をご覧いただけます。それ以降は有料会員限定となります。『週刊東洋経済 2024年4/20号[雑誌]』(東洋経済新報社)書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします。定期購読の申し込みはこちら

「今日は、米国の経済だけでなく国家安全保障にとっても勝利の日だ。地理的にバランスの取れた強靭なサプライチェーンを、ここアリゾナから築く」

米半導体メーカーのインテルは3月20日、米政府から工場建設のための補助金85億ドルを受け取ることを発表した。重機が立ち並ぶ米アリゾナ州の工場建設予定地で開かれた記念式典で、インテルのパット・ゲルシンガーCEOは冒頭のように高らかに宣言した。

インテルへの補助金は、2022年に成立した「CHIPSプラス法」が適用されたものだ。

同法では、米国内の半導体製造やサプライチェーンを強化するため500億ドル超の予算を計上。成立以降に発表された関連企業の投資計画は総額3000億ドル超に上る。インテルだけでなく、台湾の半導体製造受託大手・TSMCをはじめ多くの半導体メーカーがこの枠組みで米国内に工場を建設中だ。

半導体の地政学をめぐる2つのテーマ

ここ数年の半導体産業は、地政学リスクを踏まえた各国の思惑によって動かされているといっても過言ではない。半導体の地政学をめぐるテーマは主に2つだ。

1つは台湾有事リスク。世界の半導体の過半は、台湾のTSMCの工場で製造されている。スマートフォンなどに使われる先端品に至っては8~9割に上るといわれる。一方の米国は半導体全体でも1割程度。米国内に先端品の製造能力はほとんどない。

1990年代以降、半導体では企画・設計や製造はそれぞれに特化した企業が担う分業体制が広まってきた。その中で多くの米国企業は企画や設計に特化するファブ(工場)レス業態に特化した。アジアの製造工程は下請けとの認識だった。

だがコロナ禍によって半導体サプライチェーンが混乱。世界的な半導体不足によって、その認識は一変した。「パンデミックで海外のチップ工場が閉鎖されたとき、米国人はこれらの工場がどれほど重要かを初めて理解した」。冒頭のインテル工場で行われた式典でバイデン米大統領はそう振り返った。最先端の電子機器や軍事品に利用されるチップのほとんどが、地政学的に不安定なエリアでしか造れないという状況に各国は一気に危機感を募らせたのだ。

「自由貿易はほとんど死んだ」

こうして各国政府は巨額の補助金を用意し、半導体工場の誘致に心血を注ぐことになった。

欧州では23年7月に欧州半導体法が成立。官民で30年までに430億ユーロの投資を計画する。これを受け、TSMCやインテルはドイツでの工場建設を発表した。どちらも日本円で数千億円規模の巨額の補助金が前提だ。

日本もそれぞれ単年度ではあるものの2年続けて1~2兆円という前代未聞の半導体関連の予算を確保。TSMCの熊本誘致などに使っている。

下の図は、世界各国で建設が進んでいる半導体工場(300ミリメートルウェハー)の投資計画をまとめたものだ。これらの多くに各国政府の補助金が投入される。

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裾野の広い半導体産業は業態や工場立地において分業することによって発展してきた。だがこの数年は逆の動きが進む。こうした状況について、TSMC創業者のモリス・チャン氏の言葉が象徴的だ。アリゾナ州に建設する工場の起工式の場でこう語っている。

「半導体産業でのグローバリズムはほぼ死んだ。自由貿易もほとんど死んだ」

そしてもう1つのテーマが米中対立だ。中国が「中国製造2025」を発表した15年以降、ハイテク分野での米中対立が激化。半導体分野では、10兆円規模の予算を投じて大幅に自給率を高める目標が米国を刺激したのだ。

トランプ政権は19年、中国の通信機器大手ファーウェイに対する米国製品の輸出を禁止。米国製品を製造に用いていることから、台湾企業であるTSMCもファーウェイとの取引が規制された。

さらにバイデン政権では、ファーウェイなど個別企業のみならず中国全体に対する最先端半導体に用いられる製造技術の輸出を規制した。半導体製造装置・材料に強い日本や、最先端品の製造に欠かせない「EUV露光装置」を独占する蘭ASMLを擁する欧州もこの規制に追随している。

停滞している気配はない

一方で、中国の半導体産業が停滞している気配はない。むしろ先端品への投資ができずにだぶついた余力を、数世代前の技術を用いて造られる成熟世代の半導体製造へと振り向けているようだ。自動車や産業機械など、成熟世代の半導体でも用途は幅広い。

中国で建設中の新工場案件は合計17カ所に上る(中国を軸に半導体シリコンウェハー事業を展開するRSテクノロジーズ調べ)。同社の担当者は「現地の営業からの情報が基になっているが、把握できていない案件も相当数ありそうだ」と話す。この1年だけでも同社が把握できる案件は10カ所増えたという。

中国メーカーの投資ラッシュは日本の製造装置メーカーの業績からもうかがい知ることができる。 例えば世界大手の半導体製造装置メーカー・東京エレクトロン。22年末時点で2割にすぎなかった同社装置の中国向け売上高比率は、23年末に約5割に跳ね上がった。

同じく装置メーカーのSCREENホールディングスも14%だった中国比率は約40%に上昇している。現地の新興メーカーからの引き合いも強いといい、中国国内で半導体製造への新規参入が相次いでいることが見て取れる。

足元では中国経済の減速感が鮮明化しているものの、まだまだ中国全体では半導体自給率を上げるための投資は続くだろう。

ただし直近では米国が対中輸出規制を一段と強化するという見方も出始めた。最先端品だけでなく成熟品の製造もターゲットにしようとするものだ。日本企業にとって過度な中国頼みは大きなリスクになりかねない。

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