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出かける前、みなさんはどうやって服を選びますか。公園に行くなら動きやすいデニム、記念日のレストランでの食事はおしゃれなドレス。その日の予定や天候、気分などが服選びの重要なポイントになっているのではないでしょうか。

誰もが何気なくしていることですが、「何かしっくりこない」と思うこともあると思います。これに体型や障害など身体上の理由が加わると、「着用しにくい」「着る服がない」ということに直面してしまいます。

こうした不自由をなくし、世界のすべての人が誰でも気軽に着られることを目指している服飾ブランドがあります。2020年9月に設立された「SOLIT!」(ソリット)です。多様性社会の広がりとともに世界から注目を集めるこのブランドのモノ作りの現場を取材しました。
(テレビ朝日報道局デジタル取材部・伊藤明日香)

左右の違う丈での注文も可能 組み合わせは1600通り

「SOLIT!」 が展開する服は、デザインを選んでから胴体や袖など身体の部位ごとに丈の長さを調整できます。基本の型をもとに、右袖は40cm長くし、左袖は10cm短くするなど、左右で違う長さのオーダーにも対応可能し、組み合わせは1600通りにのぼります。

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パターン化したセミオーダーにすることで、オーダー商品より納期が早いうえ、工程を少なくできるため費用を抑えることができました。ポリエステルと綿の混紡素材のシャツは1枚1万3597円(税込み)からと手に届きやすい値段設定になっています。

車いすの友人が「着る服がない」と悩む姿に発起

田中美咲さん

「SOLIT!」を立ち上げた田中美咲さん(35)は大学を卒業後、IT企業で働いた後、東日本大震災の復興支援事業に携わりました。2018年には山積する社会課題の解決に特化したPR会社、morning after cutting my hairを設立し、多様性社会の実現のため活動してきました。こうした取り組みから、ファッションを通じてすべての人々が参加できる社会を目指す「SOLIT!」が生まれました。

田中さんがファッション業界に参入した背景には、病気のため車いす生活を余儀なくされた友人の存在がありました。車いすだと、ロング丈の裾が広がったフレアスカートやワイドパンツは車輪などに引っ掛かってしまい、着用は敬遠されがちだといいます。このため車いすの人向けの服はデザインが限られてしまい、田中さんの友人は「自分が着たいと思うようなデザインがない」と悩みをこぼしていました。

「世の中には服があふれているのに、友人は着たい服がない」

現実を目の当たりにした田中さんは、好きな服を着て明るい気持ちで過ごすという、ごく当たり前な生活を、友人のような車いすの人たちにも味わってもらいたいと、ブランドの立ち上げを決意しました。

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「1人で脱ぎ着したい」 「マグネットボタンは目立たなく」

「1人で脱ぎ着したい」 「マグネットボタンは目立たなく」

障害がある人にとって、袖に腕を通すことやボタンを留めることは、決して簡単なことではありません。1人で服を脱いだり着たりしたいという要望に応え、脇の下にゆとりをもたせた可動域が広い服を作りました。

また「一目でマグネット式のボタンであることがわからないようにしてほしい」という声には、表側に飾りボタンを付けることでマグネットボタンであることがわからないように工夫しました。

ジャケットのマグネット式ボタン

ジャケットには、しっかり固定されるように少し大きめの四つ穴ボタンを採用しています。左の写真のように、外側は一般的なジャケットのボタンと同じです。マグネットの力は強めですが、握力の弱い人でも外しやすいようにボタンの周りに凹凸が付いています。

ブラウスのマグネット式ボタン

ブラウスに採用されているマグネット式のボタンです。よく見ると、ボタンホールがあるのがわかります。ボタンホールがあることで、ボタンの周りに独特のしわができ、着脱がしやすくなります。

ワンピースを着たいけど、1人では着られないという声を受けて、サイドにファスナーをつけました。サイドが開いていることにより、立ち上がることなく脱ぎ着でき、さらに、両肩の部分にベルトを付けたことでスカートの丈を、立たずに調整することができます。
カジュアルでも、ちょっとしたフォーマルでも楽しめます。

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アパレル経験者の知恵、工場の協力で逆境跳ね返す

アパレル経験者の知恵、工場の協力で逆境跳ね返す

田中さんはこれまで、資金面で苦労したと話します。

日本では障害者向けファッションはマーケットが狭いのではないかと思われていて、出資や投資が受けづらい状況があったといいます。

それでも、メンバーの中にアパレル企業で生産管理やマーケティングの経験者がいたことや、服を製造する工場の協力などがあってブランドを軌道に乗せることができました。

何より、「SOLIT!」がどれだけオールインクルーシブな社会を実現したいのかという思いに共感した人が集まってくれたことが力になったと田中さんは話します。

服を着る人だけでなく 作る人もHappyに

アパレル業界では大量生産、大量廃棄による環境汚染、低賃金、長時間労働など多くの問題を抱えているといいます。

田中さんは、「SOLIT!」は、短期的な利益のためではなく、「多様性があるか」「環境負荷がないか」「人権への配慮があるか」に重点を置いて服作りをしていると強調しています。

こうした取り組みが評価され「SOLIT!」は「iF DESIGN AWARD」という世界的なデザインコンテストで金賞を獲得するなど、数々の賞を受賞しました。

VFWの様子 独自のモデルたちがランウェイに登場した

今年4月にはカナダのバンクーバーファッションウィーク(VFW)に招かれ、出品しました。

VFWはダイバーシティをショーのコンセプトに掲げていて、人種や国籍、ジェンダーにとらわれない表現をする様々なブランドが名を連ねています。

通常、ファッションショーでは、モデルが各ブランドの服を着てランウェイを歩きますが、多様性を打ち出す「SOLIT!」は、障害の有無、セクシュアリティ、信仰、体型、国籍などに関係なく、独自のモデルたちがランウェイに登場しました。

ランウェイを経験したことのないモデルばかりだったので、準備に時間がかかったそうですが、ファッションを通じて、多様な社会の実現を表現するため結束力を強めて臨んだといいます。

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活動派にはファッションにとどまらず他業種へも

活動派にはファッションにとどまらず他業種へも

田中さんは「私たちだけが、世の中にいても意味がないと思っています。今後、社会全体に同じような考えの企業が増えてほしいと思っています」と話しています。

「SOLIT!」はこれまで独自のアパレル企業として運営されてきましたが、6月にmorning after cutting my hairの傘下に吸収合併されました。合併により、ファッション分野にとどまらず、文房具や家電、自動車や公共施設に至るまで様々な分野に活動を広げることが目的です。

「SOLIT!」は創業から4年間、「誰も、どれも取り残さない」という「オールインクルーシブ」な社会を目指して、ファッションの分野でチャレンジを続けてきました。個の多元性、多様性を見つめ、調和を大切にしながら企画段階から当事者を巻き込むことで、新たな価値の創造や気づきのデザインを可能にしていくことは、あらゆる分野で必要とされています。

田中さんは「ファッションは、第一弾であり、ここからは、様々な分野の人たちと手を組んで多様な人や地球環境を考慮した社会を実現させるべく取り組んでいきたい」と話しています。

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