今、世界がフランスを注視しています。同国の政治の行方によっては、かつての欧州債務危機のように国際経済が大揺れしかねないからです。フランスの事情が日本にとって「対岸の火事」ではない理由やそこに米大統領選がどう関わるのか、専門家が解説します。

極端な政権が生まれた場合、「世界金融危機」につながるリスクも

6~7月に行われたフランス下院の総選挙では、事前予想に反し極右政党を含む右派勢力が3番手にとどまり、左派連合が最多議席を獲得しました。一方、マクロン大統領率いる与党連合は、第1党から第2勢力へ転落しました。

いずれの勢力も過半数に届かず、政治空白の長期化が懸念されています。

第一生命経済研究所首席エコノミストの田中理さんはこの選挙について、極端な政策を掲げた極右が躍進する選挙が欧州では多いものの「今回は“ステージ”が違った」と指摘します。

「フランスはヨーロッパの中心も中心。そこで極右政権が誕生すればEU=ヨーロッパ連合の政策運営などにも影響するのでは?などと意識された」と田中さんは解説します。

では、極右が勝利しなかったのは明るい材料なのでしょうか。

「結局、左右のイデオロギーの問題ではほとんどない」と田中さんは指摘します。

近年の欧州での極右の勢力拡大の背景には移民の流入増や物価高騰による生活苦への不満がありました。

そうした民意の受け皿が今回は極右ではなく極左を含む左派勢力だったのだというのです。

金融市場への影響はどうでしょうか。

欧州危機が再来した場合、フランスは「大きすぎて救えない国」

大和証券チーフエコノミストの末廣徹さんによると、極端な政権が生まれた場合、フランス国債がデフォルト(債務不履行)状態に陥り「世界金融危機」につながることも、可能性は低いもののあり得たといいます。

今後はどの勢力も過半数を取れなかったことで「むしろフランスが停滞しつつ地盤沈下していくリスクが高いのでは」と末廣さんは見ます。

田中さんはその見方に同意しつつも、今後のシナリオを3つに分けて分析します。

1つ目は最大勢力の左派が少数派政権を発足させること。

2つ目は、極右と極左を排除した左右両派と中道政党が挙国一致で「マクロン大連立」のような政権を作ること。

3つ目はどの勢力も安定した政権を作れず、次に総選挙を実施可能な1年後まで暫定政権が組まれるケースです。

1つ目のシナリオで極左を含む左派政権が成立した場合、「停滞」を超えた大きなリスクが生まれると田中さんは警告します。

「左派は極端な政策や、EUに懐疑的な政策に加えて、極右以上に財政拡張的な減税や公務員の給与引き上げなどを主張している。国民にとってプラスの面もありつつ、実現した場合マーケットには不安が広がるでしょう」

金融市場が左派政権を不安視する前提として、フランスが抱える財政問題があります。

フランスの2023年の財政赤字は対GDP比で5.5%と、ユーロ圏20カ国の平均である3.6%を上回っています。

また政府の債務残高もこの20年ほど、対GDP比率で右肩上がりに上昇しています。

田中さんは「欧州における経済や金融市場の周辺への波及リスクは、財政問題がきっかけになることが多い」と過去の例を紐解きます。

09年にはギリシャに端を発した欧州債務危機、22年にはイギリスで当時のトラス首相が財源の裏付けのない大型減税を発表してマーケットが荒れた「トラス・ショック」などが起こっています。

一方、末廣さんは今回のリスクの別の側面に光を当てます。

以前の欧州債務危機の中心はユーロ圏で比較的経済が小さいギリシャやイタリアなどでした。

今回は大国フランスが当事国です。「そうなったときにどう転ぶか。ユーロ圏は大国がルールを決めていたけど、ルールそのものが変わってしまうのでは、という不透明感がある」

田中さんは欧州債務危機当時と違いは危機時のセーフティーネットの有無にあると言います。

「欧州債務危機のときは、ヨーロッパとして財政破綻しそうな国を救済する仕組みがなかった。今回は各国の”体質強化”がなされ、安心材料にはなる」

一方で田中さんはこうも強調します。

「フランスより大きな国は、ヨーロッパの中ではドイツしかなく、フランスの債務水準は高い。欧州中央銀行(ECB)が対応できなければ、大きすぎて結局救えない」

日本勢は25兆円をフランスに投資、我々の懐事情に影響も

こうした事態は日本にとって他人事ではありません。

日本の財務省によると、フランスの債券の日本勢の投資額は約25兆円で、アメリカへの投資額に次ぐ規模です。

なぜこれだけ日本勢はフランス債券を保有しているのでしょうか。

超低金利環境が日本で続くなか、機関投資家を中心に海外の債券に投資する流れがありました。

「為替のリスクも負いながら高いリターンを得るため、安全資産で利回りが低いドイツ債よりもフランスにこれまで多く投資してきた」と田中さん。

「今後フランス財政がもっと大きな市場のリスクになった場合、日本にも損失が発生する。投資家は例えば日本の年金なども含めて投資しているので、我々の懐事情にも長い目で見て影響してくる」

外交上のリスクはどうでしょうか。

トランプ氏の再選で、日本は「重要なパートナーを失う恐れ」

「“外交大国”フランスが反対することをEUが決めることはほとんどできない。外交は大統領の専権事項であるもの、何かやろうとすれば(中道連合が弱体化した)議会を通さなければいけない。

マクロン大統領はこれまでのようにEUでプレゼンスを発揮するのは難しくなる」と田中さんは予測します。

末廣さんは「この状況をややこしくしているのは11月の米大統領選」だと指摘します。

マクロン大統領が欧州でリーダーシップを発揮できないなか、もう一方の大国ドイツが中国に接近する状況でトランプ大統領が誕生した場合、米欧の結びつきが弱まり「欧州全体が中国に寄っていく動きも想定される」と言います。

田中さんもトランプ新政権のアメリカがウクライナへの関与を弱めた場合、その分の軍事費を肩代わりする欧州の財政が悪化する、という連想が市場では働きやすい、と話します。

また、フランスの新政権の方向性次第ではEUというこれまで価値観を共有していた「重要なパートナーを、日本は失う恐れがある」とも指摘します。

フランスが財政危機になる確率はそもそも「ものすごく小さい」と田中さんは言います。

ただ「ボタンの掛け違い」が起こってリスクが増大する可能性も見ておく必要がある、という末廣さんの言葉にもうなずくのでした。

<取材協力>
第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト 田中理[たなか・おさむ]
大和証券エクイティ調査部チーフエコノミスト 末廣徹[すえひろ・とおる]
(TBS NEWS DIGオリジナルコンテンツ「経済の話で困った時に見るやつ」より抜粋)

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