わずか0.1ポイントの低下とは言え、絶大な効果を及ぼした0.1ポイントでした。アメリカの6月の消費者物価指数がインフレ減速を裏付け、9月にFRBが利下げすることが確実視されるようになりました。これを機に円相場も円高に振れるなど、金融市場は1つの節目を迎えているようです。
6月の米消費者物価は3.0%上昇
11日に発表された6月のアメリカの消費者物価指数は、前年同月比で3.0%上昇と、5月より0.1ポイント伸びが縮小しました。
伸び率の低下は3か月連続です。また、瞬間風速である前月比は、0.1%の下落でした。
前月比でマイナスとなるのは、なんと2020年5月以来のことで、インフレ圧力の減速をはっきりと示しました。
モノに加えて、これまでなかなか下がらなかった家賃やサービスも落ち着きを示す内容でした。
アメリカの消費者物価は、今年1‐3月期は低下が足踏みし、インフレ再燃まで心配される状況でしたが、4ー6月にはインフレ減速が確認された形です。
金融市場では今年9月に中央銀行であるFRBが利下げに踏み切るとの見方がコンセンサスになりました。
円は一時157円台にまで上昇、介入観測も
これを受けてアメリカの市場金利は急低下し、長期金利の指標である10年物国債の利回りは4.2%前後にまで低下しました。
1ドル=161円台だった為替市場でも、円は一時157円台へと、4円も円高に振れる場面がありました。
政府・日銀が市場マインドが変わった節目をとらえて、不意打ちで円の押し上げ介入に踏み切ったと見られます。
米利下げ確実視で、先行き不透明感が払拭
今年前半の円安進行は、テクニカルには、日米金利差の縮小が見えなかったことが大きな要因でした。
アメリカのインフレ高止まりが利下げを遠のかせたからでした。
しかし、6月の消費者物価発表を受けて、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は「夏の終わりまでに利下げに踏み切る道がはっきりと開かれた」と表現しています。
一方で日銀は、異次元緩和で膨らんだ国債買い入れの減額方針をすでに発表した他、政策金利の引き上げ、つまり利上げも検討しています。
日本の長期金利はすでに1%を超える水準に上昇してきています。
経験則では日米金利差が3%を切ると為替市場の方向性は変わることが多く、「金利差に着目した円安」というトレンドが転換する可能性も出てきています。
円安修正は依然として最優先課題
もっとも先月の本コラム「水準訂正に晒される円安は危険水域に」で述べたように、今回の円安には金利以外の構造的な要因も多いため、円安への戻り圧力は強く、今回もいったん157円台まで円高に振れても、すぐに159円台の円安に戻してしまう展開でした。
こうした状況だからこそ、この局面では、政府・日銀が円安修正への強い意志を示し続けることが、何より重要です。
円安を修正し、コストプッシュ型のインフレをモデレートにすることは、実質所得をプラスに転化させ、「経済の好循環」につなげるためにも、最もプライオリティーの高い政策課題だと思うからです。
その意味で日銀は、これ以上の円安圧力が弱まったと「安住」するのではなく、自らの判断で金融正常化、異常な緩和状態からの修正を着実に進めることが重要です。
日銀の利上げは7月か、9月か
日銀の次回の決定会合は7月末。この場では、国債買い入れ減額の具体的な中身を決めることになっています。
植田総裁がいう「相応の額」の減額を打ち出せるかどうかが、まずは焦点です。
その上で、政策金利を今の0から1.0%から0.25%に上げる、"利上げ"にいつ踏み切るかが次の焦点です。
金融市場では、一時より円安が落ち着いたことから、「ダブル引き締め」になる"7月利上げ"を予想する向きは、一時より少なくなりました。"9月利上げ"の予想の方が多いようです。
ただここに来て、次の総理を事実上、決める自民党の総裁選が、決定会合の開催日である9月20日を軸に調整されていると伝えられたことから、伝統的に政治的ノイズを避けたがる日銀としては、「むしろ9月の方が利上げしにくくなったのではないか」との見方をする人もいます。
インフレ進行で実質金利は大きく低下
7月でも9月でも、経済の状況は、あまり変わりはなさそうです。
アメリカの9月利下げはすでに確実視されていますし、日本の名目賃金の増加は統計上も確認できています。
物価の高止まりによる「実質賃金なおマイナス」と言う状況は9月でも変わりはないでしょう。
異次元緩和が終了したにもかかわらず、インフレを加味した日本の実質金利は、むしろ低下しました。
数年前までは、「期待インフレゼロ、名目金利マイナス0.1%」で、「実質金利マイナス0.1%」だったものが、今は「期待インフレ2%、名目金利プラス0.1%」で、「実質金利マイナス1.9%」と、実質ベースの緩和度合いは、大きく拡大しているのです。
インフレ、円安の下で、家計から政府や輸出企業部門への事実上の所得移転が進むなど、「実質緩和拡大」による「経済の不均衡」のリスクは、すでに拡大していると見るべきでしょう。
需要が弱い中でも、なぜ利上げするのか。経済学者でもある植田総裁の説明力が、まさに試される局面に入って来ました。
金融市場で「潮目」が変わりつつある中で、日米共に「金融政策の暑い夏」が始まっています。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)
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