この1年、AI(人工知能)に関するニュースを見ない日はない。筆者は2年以上前の2022年1月に「AI不動産」が登場する不動産流通市場の未来を予測する記事「部屋探しで『オトリ物件』が排除される驚きの未来」を書いて、東洋経済オンラインに掲載した。
記事掲載の10カ月後にアメリカ・オープンAI社が生成AIサービス「ChatGPT」をリリースすることはさすがに予想していなかったが、2018年頃からディープラーニング(深層学習)による自然言語処理の進化が加速していたので不動産流通業を対象にAIによるDX(デジタルトランスフォーメーション)の未来図を描いてみたわけだ。
生成AIの登場で日本でも活用する動きは一気に加速し、不動産分野でもさまざまな取り組みが始まっている。果たして「AI不動産」は本当に実現するだろうか。
「AI不動産」の現実味
2年前の記事で予測したことを整理すると、次のようになる。
①人間の話し言葉を「AI不動産」が理解し、顧客が要求する情報を提供する。②AIアバターが音声を認識し、音声で応答する。
③「物件数ナンバー1」といったテレビCMが姿を消す。
④「不動産データバンク」が構築される。
⑤「AI不動産」が顧客に質問し、要望を聞く。
⑥「AI不動産」が資金計画の相談に対応する。
この6つの項目について順番に見ていこう。
2022年11月に「ChatGPT」が公開され、言語データを対象に深層学習を使って訓練された「大規模言語モデル(LLM)」のサービスが誰でも利用できるようになり、①は実現しつつある。
2年前の記事にも登場した不動産ポータルサイトを運営するLIFULLでは、自社内でChatGPTの活用を検証したあとテクノロジー本部にジェネレーティブ(生成)AIプロダクト開発ユニットを立ち上げてサービス開発に乗り出した。
「ChatGPTの有料版では、開発者向けの機能が提供されてプラグイン(拡張プログラム)が開発できた(現在、同機能は停止)ので、チャットボット(AIによる自然会話プログラム)で家探しができるようなツールを作ってみることにした。開発期間としては4カ月ほどだった」(長沢翼・執行役員テクノロジー本部長)
以前から取引のあった野村不動産ソリューションズに共同開発を提案。2023年11月末から不動産取引相談AIサービス「AI ANSWER Plus(ベータ版)」を不動産情報サイトの「ノムコム」上で提供を開始している。
東京の渋谷・港・新宿区を中心に不動産事業を展開する東京オルガン不動産でも、不動産情報サイト「アーバンスイート」で今年1月から「AIニュアンス検索機能」の提供を開始した。開発したのは2023年4月に発足したばかりのスタートアップ、インターセクト。開発系ベンチャーの立ち上げは3回目となるエンジニアたちが注目したのが不動産業界だった。
「大手ポータルサイトに広告費を払う負担が重いので独自の不動産情報サイトを作成してほしいと依頼されたのが最初。GPT-4を使って言葉のニュアンスだけでなく物件写真から部屋の雰囲気を読み取って物件探しができるようにした」(松井大樹COO=最高執行責任者)
サイトに掲載する物件の情報を整理する「情報化」の作業は、不動産事業者にとって手間がかかる。他のサイトにすでに掲載されている物件の情報をそのままコピーして掲載するのはルール違反になるので、生成AIを使って書き換える機能も搭載し「情報化」の負担軽減を図った。これによって地場の中小宅建事業者でも、AIを活用することで情報サイトを充実させて「集客」につなげることが可能になりつつある。
実用段階に入ってきたAIアバター
②のAIアバターも、すでに実用段階に入ってきている。国内トップシェアのAI音声認識「AmiVoice」のアドバンスト・メディアでは、2023年10月にChatGPTとの連携機能を搭載したAI音声対話アバター「AI Avatar AOI(アオイ)」を正式リリースした。製造・物流、医療などビジネス分野で音声認識を活用するには専門用語などをAIに学習させる必要があるが、同社ではすでに建設・不動産向けのAmiVoiceを製品化している。
「物件の特性や市場動向などのデータを学習および活用できる不動産向けの生成AIとAI音声認識が連携することで、不動産に関するさまざまな質問にAIが回答することは技術的にも実現可能なところまで近づいている」という。
③、④の予測は、リクルートなどの不動産ポータルサイトで物件検索を行う必要がなくなり、不動産ポータルサイトは役割を終えるという意味だ。それを実現する技術が「行動するLLM」と言われるLAM(大規模行動モデル)である。AIが言葉を出力するのではなく、行動を出力する。つまりAIがブラウザ操作を行ったり、ロボットを操縦したりできるようにする技術だ。
AI研究の第一人者である東京大学大学院の松尾豊教授は、今年3月に日本記者クラブで記者会見し、いまLAMの研究が世界中で急速に発展している状況を指摘。筆者の質問に対して「1~2年で実用化されるだろう」との予測を明らかにした。
現在は不動産情報サイトのノムコムもアーバンスイートも、サイト内に掲載された物件しかAIで検索できないが、LAMが組み込まれれば、インターネット上のすべてのサイトを検索して、利用者が求める物件を探し出せるようになる。宅建業者は、売り主から預かった物件を自社サイトに掲載すれば「AI不動産」が検索してくれるようになるので、広告料を払って不動産ポータルサイトに物件を掲載する必要がなくなるというわけだ。
将来的にLAMが搭載された「AI不動産」が実現すると、④のような「不動産データバンク」を構築しなくても物件検索が容易に行えるようになる可能性がある。ただ、物件を識別しやすいように国土交通省が推進する「不動産ID」をすべての物件に付与しておいた方がスムーズに物件を検索できる「AI不動産」が実現できるだろう。
利用者に質問できる「AI不動産」は実現するか
「AIが利用者に対して的確に質問してくれるような機能を実現できないだろうか」——ノムコムにAI検索機能を先駆けて導入した野村不動産ソリューションズの前副社長で、4月から野村不動産ホールディングスの執行役員DX推進統括に就任した榎本英二氏はAIの進化に期待をかける。確かに優秀な営業マンは、顧客の要望を聞くだけでなく、潜在的なニーズを引き出して満足度の高いサービスを提供することが重要だからだ。
では、⑤の利用者に質問できる「AI不動産」は実現するのか。今年2月末に生活者の視点から社会やビジネスにおけるトレンドをまとめている「アクセンチュア ライフ トレンド2024」を公表したアクセンチュアの番所浩平マネジング・ディレクターは、生成AIが質問することは可能だという。
「ライフ トレンド2024でも紹介したように、複数の宿泊予約サイトを検索して、その結果から生成AIが宿泊料金の値下げ交渉を代行するような機能も実現できると予測しており、利用者の問いかけに応じて生成AIが質問する機能を搭載することもできるだろう」(番所氏)
最後に⑥の「AI不動産」が資金計画などの相談に乗ることができるのか。不動産流通大手の東急リバブルは、今年3月に三菱UFJ銀行が提供する資産形成総合サポートサービスのスマホアプリ「マネーキャンバス(MCV)」上で、新築マンション購入者を対象にした資産査定サービスなどを提供する連携システム「MCV in 東急リバブル」の開発に着手した。
日本でも3年ほど前からAI査定を導入する不動産企業が増えてきた。その背景については東洋経済オンラインに掲載した記事「マンション価格『人工知能の査定』が高精度なワケ」で詳しく書いた。
AIで顧客が保有する資産価値を「見える化」
東急リバブルでも、京セラグループのAI開発企業のRistと共同開発で、自社の査定担当者と同等水準の査定価格を算出できる高精度のAI査定システムを開発、今年2月には特許も取得した。現在は自社営業マンなどの社内利用に限っていたが、マネーキャンバスにもAI査定機能を搭載することで顧客が保有する資産価値の「見える化」を実現する。
「政府も資産運用立国、資産所得倍増プランを掲げて『貯蓄から投資へ』を打ち出しており、金融機関ではそれをサポートするサービス提供が進みだしているが、不動産業界では同様のサービスがなかった。MCVと連携することで顧客の資産運用・形成、買い替えなどを支援していきたい」(小林浩DX推進課マネージャ)として、今年7月から順次サービス提供を開始する予定だ。
三菱UFJ銀行では、2021年12月にMCVのウェブ版をリリースし、2023年12月から家計簿・PFM(個人金融管理)機能を追加したアプリ版の提供を開始したばかり。東急リバブルとの連携で、金融と不動産の両方に対応した唯一の資産管理アプリを実現する。
同行では、2022年3月から資産価値やローン残高の状況に応じて住宅の住み替えなどに対応できる「残価設定型住宅ローン」の提供も開始しており、今後もマネーキャンバスのメニューを増やしながら「資産運用未経験者・初心者、資産運用必要世代(20~40代)へ資産運用の関心を喚起し、マネーリテラシー向上に寄与していく」としている。
これまで見てきたように、①~⑥の機能を搭載した「AI不動産」は近い将来に実現可能になりつつあるが、これを不動産業界がどのように使いこなしたらいいのか。一橋大学ソーシャル・データサイエンス学部の清水千弘教授は、不動産事業の業務フローをタスク(仕事)ごとに分解したうえで、AIとの分業をどのように行うかが重要だという。
最も時間コストのかかる「集客」にAI活用
宅建業者の業務フローをタスクごとに分解すると、「売り主側」をサポートする業務では、不動産の売り主を見つけ出す「集客」から価格査定、媒介契約締結までの「受注活動」、買い主をマッチングして売却条件を合意するまでの「売却営業活動」、重要事項説明書を作成し、契約・決済までの「契約・引き渡し(エスクロー)業務」、引き渡し後の「アフターフォロー」まで含めると29工程となる。「買い主側」をサポートする場合でも20工程のタスクを行っている。
清水教授の研究によると、最も時間コストを要しているのが売り主側、買い主側ともに「集客」であり、これまで宅建業者は、チラシをポスティングしたり、広告料を払って不動産ポータルサイトに広告を掲載してきた。「AI不動産」が実現し、不動産ポータルサイトなどに広告料を支払うよりも、安く、かつ効率的に集客できるのであれば、宅建業者としてもAIを活用するメリットが出てくる。今後、不動産業界でも人手不足が深刻化することも想定されるので、タスクごとにAI活用のメリットを検証しながら導入を進めていく必要が出てくるだろう。
電子情報技術産業協会(JEITA)が今年3月に発表した日米デジタル経営調査によると、生成AIの活用状況についてアメリカ企業では6割以上がすでに利用中または開発・試験利用中だったが、日本企業では2割にとどまり、「聞いたことがない/あまりよく知らない」が3割を超えていた。調査時期は昨年の10〜11月で、それから半年近くが経過したので、日本企業でも生成AIを知らないという経営者はいないだろう。
「AI革命は完全にモードが変わった。すごいスピードで事態が進みだしている」(松尾・東大大学院教授)。今後はAIを活用してDXをどう進めるのか。不動産業界も本腰を入れて取り組む必要があるだろう。
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