トヨタ自動車など自動車3社の社長がそろい踏みするという異例の記者会見が行われた。EVの世界販売台数が伸び悩む中、トヨタ・マツダ・SUBARUの3社が新しいエンジンの開発を進めると発表した。
EV失速でエンジン再注目 電動化見据えた新エンジン
トヨタ自動車 佐藤恒治社長:
3社の“らしさ”を活かして、マルチパスウェイにおけるエンジンの可能性を追求していく。
この日集まったのは、トヨタ、マツダ、SUBARUという自動車メーカー3社のトップ。モーターやバッテリーなど電動化を前提とした新たなエンジンの開発を進めていくと発表。
トヨタ自動車 佐藤恒治社長:
多様な選択肢を必要とされる地域にタイムリーにお届けしていくのが大事。バッテリーEVも本気。内燃機関も本気。
トヨタは、小型で高い出力を誇るハイブリッド車用次世代エンジンのプロトタイプを展示した。SUBARUは…
SUBARU 大崎篤社長:
水平対向エンジンを輝かせ続けるためにも、クルマの電動化技術により一層の磨きをかけていく。
世界で唯一、ロータリーエンジンを生産するマツダは…
マツダ 毛籠勝弘社長:
ロータリーエンジンは、電動化時代に新たな価値を提供できるユニットとして、大いなる可能性を持っていると考え、課題であるエミッション適合性の開発に全力を傾けている。
エンジン開発の背景には、EVの成長率鈍化がある。調査会社のマークラインズによると、世界のEV販売台数は、2022年は60%以上増えたのに対し、2023年は25%の増加率に鈍化。価格の高さと充電などのインフラ不足が要因とみられる。とはいえ、脱炭素に向け、電動化の流れを止められない中、なぜエンジンなのか。
なぜ、ここにきてエンジン開発の発表なのか? そのワケとは!?
長年、自動車産業の調査分析に携わってきた中西孝樹さんは…
ナカニシ自動車産業リサーチ 中西孝樹代表:
電動化時代は不可逆的な未来。ただ、いきなり全部が電気自動車になるのか、移行期は結構長い。内燃機関は突然死してしまうわけではなくて、まだまだ役割がいっぱい残っている。内燃機関は電気がない時代に作られた。そこに電池が来てモーターで駆動する電動化のなかで内燃機関の役割、ポジションが少しずつ変わっていく。電動化を見据えて、それに最適化したエンジンを作る。
中西氏は、今回3社が合同でエンジン開発を発表したのは、裾野に広がる部品メーカーを元気づける狙いがあるという。
ナカニシ自動車産業リサーチ 中西孝樹代表:
目的は、これはウェイクアップコール(目覚まし)。カーボンニュートラルできないなら金貸さないよみたいなそういう脅しが、大きな企業だけでなく、ほとんど全ての裾野の企業に対する圧力としてかかっている。それを奮い立たせる、鼓舞する目的で、業界の大手3社が「内燃機関には未来がある」と訴えた。業界サプライチェーンに対するエールだ。
国内では、全方位戦略をとるトヨタと2040年までにバッテリーEVなどに移行するホンダの2つの陣営にわかれている。2050年のカーボンニュートラルに向けて、エンジンはいつまで残るのだろうか。
ナカニシ自動車産業リサーチ 中西孝樹代表:
永遠かどうかはわかりません。ただ、少なくとも2050年にはかなりエンジンは残っているのではないか。一気にEVにシフトできる国と時間をかけながら移行する国があって、ヨーロッパと中国が前者。アメリカや日本、新興国を中心としたアジアは後者。(排ガス)規制があったから、内燃機関は無理だろうと。ところがその規制が緩んできている。トヨタが今回出したエンジンのようにその規制をクリアできるエンジンが出来てきた。内燃機関の寿命、役に立つ期間が確実に延びる、大きなブレークスルーになる、(トヨタが)そういうエンジンを示したという意味において、非常にシンボリックな歴史的なイベント。
トヨタを始めとする3社が示したという新しいエンジンとはどんなものなのか。
トヨタは、電動化を前提とした小型・高効率・高出力の排気量1.5Lと2Lのターボエンジンを開発。またマツダやSUBARUは現在のエンジンをベースに、EV(電気自動車)・PHV(プラグインハイブリッド自動車)に向けた新たなシステムやエンジンの改良を行うとしている。こうしたことをやっていこうとする背景には、EVが若干鈍化してきているいうことがある。
調査会社マークラインズによると、EVは2022年に66.4%の増加率だったが2023年は25.8%にとどまっている。一方でHV(ハイブリッド自動車)は15.2%から2023年は31.4%と倍増している。
結局EVか、やっぱりハイブリッドの時代か!? 予測困難な自動車業界
――EVの時代だと言っていて、最近になってEVは失速してやっぱりハイブリッドの時代だと言っている。どちらが正しいのか正直言ってわからない。
早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏:
結論から言うと、誰もわからない。何が起きてるかというと、自動車はヘンリー・フォードがT型フォード大量生産方式というのをつくって世界に普及したのが1906年。つまりこの業界は120年間ずっと同じようにガソリン自動車を作ってきた。だから120年かけて初めて「新しい電動自動車」みたいに言われているが、120年前に経験している人はいないし、ずっと同じことやってきてる業界なので、もう皆さん正直、何していいかわからないというのが本音だと思う。ただその中で、テスラが出てきてBYDが出てきて電気自動車が出てきた。イノベーションでよくあることだが、いわゆるアーリーアダプター層といわれる、流行りものに飛びついて、なんかかっこいいと、なんか最先端のものをとりあえず自分は買うという層の人たちが去年までずっと買った。
アメリカの西海岸などでもすごくテスラが走っているが、マーケット大きくなる時は、その次のいわゆるマジョリティー層が問題。私も多分その1人だが、この層は「なんかかっこいいかもしれないし、ガソリン車よりいいけれど、よく考えると充電時間も長いし、充電設備もないし、走行距離もそんなに長くないし、値段も高いし、実は少し寒いところに行くとバッテリーが凍るということも結構ヨーロッパとか北米で起きているらしい。そうすると意外と不便だ」というときに「やはりEVは難しい」というマジョリティー層に今やってきたので伸び悩んでるということだ。
――そうした中で新しいエンジンを開発したいという3社の気持ちだが、モーターとエンジン。今までと主従が逆転するということか。
早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏:
それがすごく重要なポイントで、トヨタはまさにその辺、かなり慎重に様子見だと思う。トヨタは自分たちも言っているが電気自動車を作る技術も、ガソリンもある。加えてハイブリッドが今伸びているが、ここもいわゆる従来のハイブリッドと、それから電気が主になるプラグインハイブリッド、これ全部打てますよという、マルチパスウェイ戦略といったわけですけどその中でどこが結局当たるのかということをトヨタも様子見なんだと思う。加えて言うとこれ地域でもかなり差が出るはずで中国みたいな地域とそれからヨーロッパみたいな地域、北米、それから日本それは東南アジアで全然売れる車がこれから変わってくる。その地域でかなりまだら模様になるっていうことを考えてるということだと思う。
――電動化で一定のモーターを使う車を想定し最適なエンジンを考えようということか。
早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏:
そうだと思う。マーケットもそうだし、それからもう1個のポイントは、サプライヤーだと思う。トヨタは巨大なサプライヤーを抱えている企業。サプライヤーの方々は今ものすごく戦々恐々としている。
――いつ、エンジンをやめるという通告がありはしないかと。
早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏:
トヨタはかなり電動化の技術を持っているが、サプライヤーにむしろガソリンのところを流しているという話もあって、サプライヤーから見るとそこを切られたらもうおしまいなので、だからこそ「いやいやトヨタは違うんですよ」と。「当面まだガソリンをうまく使って、ハイブリッドとプラグインハイブリッドもエンジン使うのでそこをうまく使ってやっていく」ということを示す意味での記者会見でもあったと思う。
――サプライヤーにとってはエンジンがなくなると、全く新しい技術に変わり、自分たちの仕事がなくなり今の強みが失われるというジレンマに直面している。その画期的なイノベーションができたときに、これまでの優位性をいつ捨てるのか、あるいはいつ改良していくのかというのは、これはもう長年のいろんな業種で非常に難しい決断を迫られる。
早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏:
きわめて難しい。これはもう本当に経営の力だと思う。できれば苦労しない。例えば富士フィルムがフィルムの会社から、デジタルに移行してカメラのフィルムがなくなるので化学メーカーに変わりましょうというときは、結構わかりやすく一気に来たので、古森さんという経営者さんが一気に変えようといって変えた。ところが今自動車はそういう状態じゃない。真綿で絞めるようにジンワリ来ていて、いつ来るかわからない。でもそうすると自分の周りにはサプライヤーもいるし、色々なしがらみもあるし、そこを一気にすぱっと切るわけにもいかない中で、経営の意思決定というのが難しい状況。これはトヨタだけではなく世界中の自動車メーカーが同じような状況だと思う。
日本のメーカーの中でも戦略は異なっている。各メーカーの電動化へ向けた戦略を見ていく。トヨタは2030年までにEVの世界販売を350万台に拡大。また、HVやPHVなど、マルチパスウェイを掲げている。一方でホンダは2040年に新車をEV、FCV(燃料電池車)のみにし、エンジン車から撤退するとしている。
――エンジンを残す、あるいは継続するというところに力点を置いてる会社と電動に振り切ってしまうというところ、これはどっちが正しいかは後から振り返ってもわからない。
早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏:
わからない。推移を見守るしかない。ホンダは三部さんという今の社長さんが技術出身の方。結構思い切った決断をされた。なのでホンダはこちら(エンジン車撤退)で行くんだろうなと思う。ただそれが正しいか間違ってるかもわからない。
――トヨタがマルチパスウェイを施行するのは、それができるだけの体力があるから?
早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏:
本当におっしゃる通り。だからこれから当面、おそらく10年ぐらいはかなり様子見というか、訳のわからない中で意思決定をしなければいけない。色々な技術が出てくるので、こういう時、トヨタのように資本力があるところは非常に強い。なので、こういう会社とテスラなど突き抜けた新しい技術と発想力を持ってくるベンチャーの戦いになってくるのかなという想像はする。
(BS-TBS『Bizスクエア』 6月1日放送より)
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<プロフィール>
入山章栄 氏
早稲田大学ビジネススクール教授
米・ビッツバーグ大学 経営大学院より博士号取得
泉温は国際経営論、経営戦略論
近著「世界標準の経営理論」
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