3年目に突入したウクライナ戦争。欧州の結束が試されている。

ウクライナのゼレンスキー大統領は欧米に支援を訴える(写真:Nicole Tung / The New York Times)

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2022年2月に始まったロシアによるウクライナへの全面侵攻は3年目に突入した。戦争は欧州の勢力図をどう変えるのか? 停戦の可能性は? 鶴岡路人・慶応大学准教授に聞いた。

 

──23年後半以降、両軍が対峙するラインに大きな変化がなく、膠着状態になっています。

確かに領土奪還という点で23年後半以降、ウクライナに成果は乏しかった。だが実際の前線では激しい戦闘が行われている。ウクライナは犠牲の多い防衛戦を強いられていて、どうにか持ちこたえているのが実状だ。自然に均衡しているのではなく、これを膠着状態と表現すべきではない。

開戦当初は、ウクライナがこれほど持ちこたえるとは誰も想定していなかった。米欧も悲観的だったし、ロシアは短期決戦で勝てると考えたので全面侵攻に踏み切ったのだろう。ウクライナが抵抗を継続できるのは西側の支援があるからだ。しかし最近では武器弾薬の不足が深刻になっている。最大の理由は米国からの支援の停滞だ。

停戦する動機がない

──戦争終結の可能性は。

ロシアの戦争目的は公式の言説としては変化していない。ウクライナの非ナチ化、非軍事化、中立化だ。現在の占領地域で満足しているという証拠はない。ロシアは武器弾薬の供給体制をどうにか確立したとみられ、戦闘継続が可能である。しかも今後は西側諸国のいわゆる「支援疲れ」が本格化するとロシアは考えている。時間が経過すればするほど自分たちが有利になると考えている。ロシアには停戦する動機がない。

他方、ウクライナ側では領土奪還の要求が強い。中途半端な停戦では、ロシアに休養を与えるだけだと考えている。ともにまだ戦えると考える限り、戦争は終わりにくい構造だといえる。

鶴岡路人(つるおか・みちと)/慶応大学 准教授。1975年生まれ。専門は安全保障、欧州現代政治。在ベルギー日本大使館専門調査員、防衛省防衛研究所主任研究官を経て現職。著書に『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』など。

ある時点までは別の厄介なシナリオもあった。ウクライナ東部・南部の占領で一定の目的を達成したとして、ロシアが一方的に停戦を宣言することだ。ロシアは和平を求めているとアピールでき、米欧諸国のウクライナへの武器供与をやめさせる力にもなりえた。

しかしロシアは、そのような策には出なかった。やはりロシアはこの戦争に本気であり、一部領土の獲得のみで満足するつもりがないのだろう。あくまでもウクライナの属国化を追求するつもりにみえる。ウクライナが領土の一部割譲を認めれば停戦が可能との議論は楽観的すぎる。

戦争は長期化する

──となると、双方に犠牲が生じつつ戦争が続きますか。

両国の戦争は長期化するとみている。しかし歴史上、永遠に続く戦争はない。現時点で正式に和平を結ぶことは考えにくいが、戦闘が散発的になり、大きな展開がなくなるような可能性もある。それが「凍結された戦争(紛争)」と表現されるものだ。

これはウクライナにとっては避けたいシナリオだ。というのも、戦争状態にある限りはNATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)への加盟が困難だからだ。とくにNATOの場合、戦争中の国を入れてしまうと、ロシアとの戦争になりかねない。戦争継続によってウクライナのNATO加盟を阻止できるのであればロシアにとっては都合がよい。

あるいは、何らかの形で停戦したとしても、ロシアがウクライナの非ナチ化や非軍事化などの戦争目的を放棄しない限り、再び侵攻される懸念が残る。それを防ぐ仕組みが不可欠で、これがウクライナの求める「安全の保証」である。

23年7月の主要7カ国(G7)による共同宣言を受け、24年1月以降、英国、ドイツ、フランス、デンマーク、カナダ、イタリア、オランダ、フィンランドなどがすでにウクライナとの2カ国間の安全保障協力協定に署名した。ロシアによる再度の侵攻の際の協議や武器の供与などを定めている。

──ウクライナはEUやNATOへの加盟を切望しています。これの実現可能性はどうですか。

戦争前には加盟の可能性は限りなくゼロに近かった。EUやNATOにとってウクライナは域外にある歴史的にもロシア寄りの国で、加盟問題は真剣に検討されていなかった。だが今回の戦争が何らかの形で終結した後に、ウクライナの安全を保証し、欧州の平和と安定を得るには、ウクライナのNATO加盟以外に持続的な解決策がないことが明らかになった。

カギを握るのはウクライナのNATO加盟に慎重な姿勢の米国の動向だ。今は加盟国間でコンセンサスがない。しかし「加盟などありえない」という侵攻前の状況からは大きく変化したのも事実だ。

欧州で高まるロシア勝利への懸念

──西側のいわゆる「支援疲れ」はどうでしょうか。

武器供与などのウクライナ支援にコストがかかる以上、「疲れる」こと自体は自然だ。しかしこれまでのところ、疲れながらも歯を食いしばって支援し続けている国がほとんどだ。24年の欧州主要国の支援額は前年を上回る予定だ。EUは500億ユーロ(約8兆円)の支援パッケージで合意したし、ドイツの今年の武器供与は71億ユーロが予定されている。

米国からの支援の停滞や、仮にトランプ政権が誕生した場合の波乱を見据え、長期にわたる安定的な支援の確保が模索されている。NATOでは、今後5年間で1000億ドル(約15兆円)という大規模支援の提案がなされている。

今年2月、フランスのマクロン大統領は「ウクライナへの派兵を除外しない」と述べた。戦場でのロシア優位が伝えられる中で、ロシアが「勝利」してしまうことへの懸念が欧州で高まっている。

──23年4月にフィンランドが、24年3月にスウェーデンが加盟し、NATOは32カ国体制になりました。結果としてロシアは敵対する相手を増やしています。

ロシアはNATOの拡大を自ら招いてしまった。完全にプーチン大統領のオウンゴールだ。ロシアとの関係に留意しNATO加盟を控えてきた両国が、加盟に踏み切った意味は大きい。

欧州の「脱ロシア化」は本気

──ロシアの23年実質GDP(国内総生産)は3.6%増で堅調な経済成長です。西側諸国が科した経済制裁は効果を上げていません。

健全な経済成長ではなく、戦時経済として国防部門に資源を集中的に投下した結果にすぎない。

それでも、エネルギーと食糧を有するロシアはなかなか倒れない。さまざまな経済制裁は実施していても、経済封鎖とは異なる。ロシアの石油や天然ガスが国際市場に供給されないと、G7諸国を含めた国際社会が困る。制裁と国際的なエネルギー供給とのバランスを取った結果が今の制裁策だ。

ただし、エネルギーにおける欧州の「脱ロシア化」は本気だ。この2年で相当なコストを払って推進してきた。この本気度は侮れない。また、脱炭素としての、再生可能エネルギーへのシフトもこの一環だ。戦争が終わったからといって、元に戻るわけではない。ロシアは欧州の顧客を長期的に失うことになった。

それにロシアは西側の高度な技術を用いてLNG(液化天然ガス)などの採掘をしてきた。制裁で西側の技術が使えないことが、やがてはボディーブローのように効いてくるだろう。

(聞き手 福田恵介、長谷川 隆)

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