累計9200億円の補助金がつぎ込まれたラピダスは、2027年の量産開始を目指す(記者撮影)

次世代の最先端半導体の国産化を目指すラピダスは4月4日、経済産業省から新たに最大5900億円の追加支援を受けることを発表した。これまでの支援額は累計で9200億円に上る。

金額の規模もさることながら、今回注目すべきは、初めて「後工程」の開発方針が明らかになったことだ。5365億円は現在北海道に建設中の千歳工場への「前工程」の設備導入やクリーンルーム建設に使われる一方で、535億円が後工程分野に投じられる。

半導体の一連の製造プロセスのうち、基板となるシリコンウェハーに回路を描く前半パートを「前工程」、そこでできあがったウェハーを切り分けて製品として仕上げる工程が「後工程」と呼ばれる。

ラピダスが前工程で狙う最先端の「2ナノ」半導体の量産はこれまでにも業界内からその難しさが指摘されてきた一方で、後工程戦略については「情報がほとんどないので評価のしようがない」という評価を受けてきた。だが今回の発表からわかったのは、前工程だけでなく後工程でも量産までの道のりが非常に険しいことだった。

後工程技術のキモ

同社のビジネスにとって、後工程の重要性は非常に高い。というのも、ラピダスが受注獲得を狙うAI向けなどの半導体にとって、後工程の技術がその性能進化のカギを握る必須技術だからだ。

ラピダスが掲げるビジネスモデルは、顧客の半導体メーカーから委託を受けて受託製造に特化するファウンドリーモデル。この業界では、台湾のTSMCが世界シェアの6割超を握る技術・規模ともに圧倒的な存在だ。

新規参入となるラピダスは設立当時から「スピード重視」という戦略を強調してきた。短期間での製造を売りにすることで、AI半導体を中心に技術進化が早いメーカーからの委託を獲得しようという戦略だ。

そこで打ち出したのが、一般的には別々の企業や工場で分業して行われる前工程と後工程を同じ製造ラインで一貫して行い、製造スピードを上げるという手法だった。

日立製作所で前工程の半導体エンジニアだった、ラピダスの小池淳義社長(編集部撮影)

ラピダスの小池淳義社長は前工程の製造プロセスに長く携わってきた元エンジニアなだけに、これまでも前工程の方針については具体的に語ってきた。一方、後工程はこれまで方針が示されていなかった。

AI向けをはじめとした高性能半導体では、1枚のチップにすべての機能を詰め込むことは少なく、高性能化は前工程だけでは完結しない。機能ごとにチップを分けて製造し、それら複数のチップをあたかも1枚のチップかのように後工程でつなぎ合わせて造られるものが大半だ。

業界では「先端パッケージング」と呼ばれており、AI半導体として有名なアメリカの半導体メーカー・エヌビディアのGPUにもこの技術が使われている。

量産のハードルは高い

「(ラピダスが目指しているものは)正直に言って非常にハードルが高い。サンプルレベルなら可能かもしれないが、量産となると2027年までにはとても間に合わないのではないか」

東京工業大学でパッケージング技術を研究する栗田洋一郎特任教授は、今回ラピダスが明かした戦略をこう評価する。

先端パッケージングの中でもとくに性能やコストを左右するのは、複数のチップをつなぐ土台の役割を果たす「インターポーザー」と呼ばれる部品。今回、ラピダスは「600ミリパネルを使った樹脂製のインターポーザー」を用いた開発を行っていくと明かした。小池社長は「従来品と比べて10倍の枚数が取れるため大幅なコストダウンにつながる」と強調した。

実現できれば、高性能化に加えて製造コストも大幅に削減できる夢のような技術だ。開発では、ドイツにある欧州最大の応用研究機関であるフラウンホーファーなどとの連携も打ち出した。

だが栗田氏は「ラピダスが開発しようとしているのは、(提携相手の)フラウンホーファーが2022年の学会で『これ以上の高性能化はできない』と結論づけたスペック以上のものだ」と解説する。

これまで栗田氏は、ルネサスエレクトロニクスや東芝などでパッケージング技術開発を行ってきた。NEC時代には、現在量産されている樹脂製のインターポーザー技術を提案し開発を進めた、いわばこの技術の生みの親でもある。

それほど難易度の高い技術だけに、パッケージング技術でも先頭を走るTSMCでもいまだ研究開発の域を出ない。コストや性能面でのメリットは多いものの、いつ量産技術として採用できるかさえ不透明だという。

TSMCも後工程への投資を強化

技術を確立できたとしても、ビジネスとして軌道に乗るかどうかは別の問題だ。装置の納期などを考慮すれば、実際の開発が始まるのは早くとも今年末以降。前述のような難易度の技術の習得は来年4月の試作ライン稼働のタイミングにはまず間に合わないうえ、2027年までに量産体制を整えるハードルもかなり高い。

たとえ量産体制を整えたとしても、そこには競合の壁が立ちはだかる。

現在、世界中で開発競争が過熱している高性能なAI半導体に先端パッケージングは必須。それだけに、最大手のTSMCは後工程分野への投資も強化中だ。同社は急ピッチで新工場を建設し製造能力を拡充、エヌビディアなど既存のAI半導体メーカーのみならず新興メーカーなどの需要も吸収し、顧客の囲い込みを進めている。

こうした同業と異なり、ラピダスは少数の顧客相手のビジネスを前提にしている。この差別化戦略は両刃の剣で、工場稼働率と歩留まり向上のハードルが上がる。小池社長が強調するように「従来品に比べて10倍の枚数」が取れても、その後の工程で不良品が大量発生すれば元も子もない。

上客と肩を並べて連携できるか

後工程の開発にはさまざまな素材や装置が使われるため、それらを手がける企業とのすり合わせが欠かせない。後工程を担当するラピダスの折井靖光専務は「技術開発では『JOINT(ジョイント)2』とも連携していく」と話した。

TSMC熊本工場の目と鼻の先に、東京応化工業も工場を構えて連携を深める(記者撮影)

ジョイント2とは、先端パッケージングの共同研究を行うために設立された国内の大手材料・装置メーカーのコンソーシアムだ。

後工程材料に強いレゾナック・ホールディングスを中心に、フォトレジストの東京応化工業や研磨・研削装置のディスコなど世界トップ級のシェアを持つ企業が13社参画している。

高い技術力を持った企業の集まりではあるものの、各社ともに大手半導体メーカーやTSMCなどといった大口顧客を抱えている。もちろん最先端技術の開発優先順位はこうした上客だ。実績のないラピダスがどこまで深く連携できるかがカギになる。

後工程の領域でも、ラピダスが掲げる理想と現実との差は大きい。巨額の補助金を投じる国策半導体企業は、多くの期待と不安を背負いながら2027年の量産化へとひた走る。

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