物価と賃金の好循環で、日本経済は上向くのか。
鍵を握るのが、賃上げが中小企業まで広がりを見せるかだ。経済3団体の一つで、全国の中小企業など約126万の会員を擁する、日本商工会議所のトップ小林健会頭に聞いた。
日本商工会議所小林健会頭に聞く 中小企業の賃上げ
――焦点の賃上げ、中小企業が課題だと言われながら4%超えの評価は。
日本商工会議所 小林健 会頭:
連合の組合に入っている中小企業、これが4.66ということで数字的には非常にいいと思う。一方我々の会員、それから会員以外でも、いわゆる小規模零細企業というのが大勢いる。この辺の数字がどうなるかというところが一番これからのキー。
日本商工会議所が今年2月に全国の約3000社の中小企業への賃上げについて調査したところ、今年の春闘を含め、「来年度に賃上げを実施する」と回答した企業の割合が61.3%となり、前の年に比べて3.1ポイント増加。
しかし、中小企業の賃上げは必ずしも業績の好調を裏付けるものではないと言う。
日本商工会議所 小林健 会頭:
賃上げをしようという中で、その6割は人手不足で、なかなか人材取れないと、むしろ辞めていって他へ行ってしまうことも多いので、いわゆる流出を防ぐために、我々防衛的な賃上げと言っているが、必ずしも業績が良くて、賃上げをしているわけではないという部分が相当あるという認識。
――来年以降も賃上げを続けていくためには。
日本商工会議所 小林健 会頭:
付加価値を増やすこと。
付加価値を増やすには、生産性を上げなきゃいけない。中小企業は、生産性が低いじゃないかと。それで政府から補助をもらって、ゾンビだと。そういうものはすぐ退出しようという論があるが、統計で言うと、生産性は上がっている。
だけど、転嫁力がない。
中小企業庁が公表している中小企業白書によると、19年度から21年度の中小企業の労働生産性は2.3%上昇。
しかし、価格転嫁力がマイナス2.3%の下落で、合わせて名目の付加価値の伸びが0%になっている。
日本商工会議所 小林健 会頭:
価格転嫁力マイナス2.3というのは、その成果を大企業に結構吸い取られちゃうということ。デフレの時代にコストカット・コストカットでやって、それでありがとうよと。取引を続けさせてもらうだけでありがたいという話になってしまっていた。
大企業が、いわゆる下請け、協力会社に向き合うときに、やはり下請けが多層化している。
極端に言ったら十次下請けぐらいまであるわけで、そこにうまくトリクルダウンできるような、そういう施策をぜひお願いしたいと。
――価格転嫁は個々の努力がまだ必要?
日本商工会議所 小林健 会頭:
価格転嫁は大体4割から4割5分ぐらいは認められていると。これは、材料費といわゆるユーティリティ、電力ガス。一方労務費、いわゆる人件費に関しては、3割ぐらいかなというところ。すなわち、労務費を上げられない商慣習がある。
これを打破しなきゃいけない。まだまだ私は取っかかりだと思っている。
――調達担当者のコストカット意識を変えていくためには。
日本商工会議所 小林健 会頭:
調達担当者の評価をやはり変えていかなきゃいけない。
――安く買った人を高く評価しているだけでは駄目ということか
日本商工会議所 小林健 会頭:
それだけじゃ駄目。
すなわち共存共栄で良くしていくということをトップが宣言して、それで購買調達担当者に、その評価軸を変えてあげるということをしていただきたい。
日本商工会議所小林健会頭に聞く 歴史的円安・物価高
今、中小企業に重くのしかかっているのが、歴史的円安。
小林会頭は会見で、円安の悪影響に危機感を示し、政府の通貨政策の舵取りに苦言を呈した。
日本商工会議所 小林健 会頭(会見より)
「堂々と通貨操作をやればいいのであって、とにかく結果として、やはり産業が見通ししやすい経済環境を作ってもらうということが国の役割だと私は思います」
日本商工会議所 小林 健会頭:
いわゆる材料高に、為替が加わって、もう非常に苦しい。
特に中小企業の場合には、いわゆる輸出比率は自分で輸出をしている部分は全体の3%ぐらい。残り97%は国内でやっているから円から円でやっている。
材料費は買わなきゃいけない、資源がないから外からドルで買う。
――中小企業は大企業のように円安のよるメリットが少ない?
日本商工会議所 小林健 会頭:
もうほとんどない。今いろいろ輸出をしようとかやっているが、なかなかそう簡単にはいかない。
――好循環のために、ある程度物価が適度にならないと循環までいかないのではないか
日本商工会議所 小林健 会頭:
良いものを安く買うのと賃上げと言うのは正反対のこと。
なので賃上げがあり、賃上げである程度余裕ができた部分は消費に回すという回転をぜひしていただきたい。
そのためには、特にBtoCで言うと、良いもの、良い製品には値がつくんだと。
良いサービスにも値がつくんだということを、社会全体でやっぱりシェアして、そういうマインドで消費をしていきましょうと。
日本商工会議所小林健会頭に聞く 金利ある時代の中小企業
金利のない世界が長く続いた日本。
しかし日銀が3月にマイナス金利政策の解除を決定。そして今週22日には長期金利が1%に到達し、金利のある世界が現実のものとなってきました。
――長年ゼロ金利・マイナス金利に慣れ親しんだ中小企業にとっては厳しい環境になるのか?
日本商工会議所 小林健 会頭:
それはなると思う。
なると思うが、今の国策から言うといきなり2%3%を上げるというわけではない。
今のある程度の経済状態を見ながらやっていくだろうと思うので、その間に、やはりその金利分ぐらいは生産性を上げて払っていこうじゃないかと。
前向きなマインドをみんなに持ってもらおうと思っている。
――大企業と中小企業が同じ目的に戻って何か動くモメンタムができるといい
日本商工会議所 小林健 会頭:
要するに社会全体を底上げするには、やはりそういうマインドが、特に大企業の経営者には大事だろうと。
そこそこ食えてりゃいいかという時代ではなくて、やっぱりより良い暮らしより良い明日を求めて、みんなやってるわけだから、その生産性の向上を無にしないように、価格転嫁力でマイナスにしないように、これはうまくやっていこうと。
――好循環実現の可能性は
日本商工会議所 小林健 会頭:
大いにあると思う。またそれをやっていかなきゃいけない。
中小企業の賃上げの動向
連合がまとめた春闘の賃上げ率は、5月8日時点で全体は5.17%、中小組合は4.66%となっている。
東京大学名誉教授 伊藤 元重氏:
だいたい想定内というか、一般的に賃金で物価に追っかけていくような状況になっているので、まだまだ今後、賃上げが続くかどうかが大きなポイントだと思う。
――焦点は実質的な賃金がどれくらい上がっていくかということ。毎月勤労統計によると24か月にわたって実質賃金は下がっているが、賃金が物価にいつ追いつくのか。
東京大学名誉教授 伊藤 元重氏:
その逆もしかりで、デフレのときに物価の方が先に下がっていき実質賃金が上がっていた時期が非常に長ったので、残念だがまだしばらく時間かかる想定。これをスピードアップさせるためにはやっぱり価格転嫁が求められる。
――今の好循環という議論について。
本来は元々消費と需要が拡大、だから物をたくさん作らなきゃいけないので賃金が上がるようになり、人手が足りなくなって賃金が上がり、それが物価上昇になると、これが普通の好循環。ところが、今日本がやろうとしていることは、まず物価上昇が先に発生。だから賃金を上げましょうということで賃金を上げて、賃金が上がったら消費や需要が拡大するんじゃないかと、こういう論理でやっている。これには無理がないか。
東京大学名誉教授 伊藤 元重氏:
海外と逆。海外は最初に賃金が上がってきたんで、非常に素直にいけた。
日本は海外からインフレ来たから逆になってしまったが、消費需要の拡大に行くかどうかは別問題として、賃金上昇と物価上昇に行く。
やっぱり国内の中で賃金と物価が回り始めたという意味では、これまでとは違うということだろうと思う。
――これをいわゆる商品需要の拡大も含めた循環に繋げ、さらに毎年これが繋がるようにしていくためには、どういう政策が必要か。
東京大学名誉教授 伊藤 元重氏:
おそらく物価上昇そのものは消費を抑える方法があるわけだから、分配効果も含めて、政策的な判断で非常に重要だろうというふうに思う。
要するにインフレによって消費が抑えざるを得ないという人たちをどうやって救済していくかということかと。
――減税だとか給付金だとか、今やってるエネルギーの補助金ということですね。いくつか手段もあるわけで、6月にその定額減税という話があるが、これは効果が出ると思うか?
東京大学名誉教授 伊藤 元重氏:
どれだけ効果あるかはその何万円とかがどう使われるかになってくると思う。
減税ということでそれなりに使う方は多いと思いますから、それなりの効果は期待できる。
――物価モデレートを2%程度にしながら、それを上回る賃金上昇を実現していく。これを毎年続けることが多分大事だと小林さんもおっしゃっていたが、これは可能なことか。
東京大学名誉教授 伊藤 元重氏:
かつてはそうだったが、20年の間に我々のメンタリティの中では、物価が上がらなくて賃金を上がらなくてというデフレ的なマインドが固定定着しちゃったわけですけど、変える時期としては非常に重要なタイミングだと思う。
(BS-TBS『Bizスクエア』 5月25日放送より)
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<プロフィール>
小林健 氏
2010年 三菱商事社長
2016年 三菱商事会長
2022年 日本商工会議所・東京商工会議所会頭
伊藤 元重氏
東京大学名誉教授 専門は国際経済学
経済財政諮問会議民間議員など歴任
近著「世界インフレと日本経済の未来」
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