JALからの天下り社長を受け入れず、プロパー社長を立てたエージーピー。その周到な計画の全貌を明らかにする。

航空機への動力供給を柱の事業としているエージーピー(記者撮影)

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JALが変革期を迎えている。社長には「初めて尽くし」の鳥取三津子氏が就任し、経営戦略は拡大方向へと大転換。華々しい戦略の裏でJAL内部に何が起きているのか。※本記事は2024年4月11日6:00まで無料で全文をご覧いただけます。それ以降は有料会員限定となります。

「後任社長がプロパーとは、いったい何が起きているのか」

日本航空(JAL)のグループ会社であるエージーピーで業界関係者がそう驚く人事が2024年1月30日に発表された。4月1日付で同社の社長にプロパーの杉田武久氏が就任したのだ。1965年の設立以来、初めてのプロパー社長誕生となる。

エージーピーは羽田空港などで航空機への電力供給、手荷物運搬器具など空港内にある特殊設備の保守・整備などを行っている東証スタンダード上場企業だ。

大株主にはJAL(29.97%)を筆頭に、羽田空港を運営する日本空港ビルデング(JAT、23.72%)、ANAホールディングス(18.44%)が名を連ねている。

エージーピーがJALに仕掛けた周到な計画

同社では、これまでJALなど大株主出身の幹部が社長に就任するのが通例となっていた。直近ではJALの元常務執行役員だった大貫哲也氏が2021年から社長に就任していた。しかしこの3月末をもって、代表権のない取締役に退き、6月に開催される定時株主総会をもって取締役から退任する。

今回の人事において、大貫社長の退任自体は大きなサプライズではない。前任社長の日岡裕之氏(JAL出身)も3年の任期で退任をしており、大貫氏も同期間で社長から退く形にすぎない。

しかし、驚きだったのはJALからの天下り社長を受け入れず、プロパーの杉田社長を立てたことである。取材を進めると、エージーピーがJALに仕掛けた周到な計画が明らかになった。

きっかけとなったのは、2022年4月からの東証による市場再編だ。それまでエージーピーが上場していたジャスダック市場はコーポレートガバナンスコードの基本原則の適用が求められていたが、スタンダード市場に移行したことで全原則の適用が求められるようになった。

2022年5月に発表した同社の中期経営計画では、2022~2025年度の中計期間中に遵守できていない経営幹部の解任基準の設定など19項目すべてを達成すると表明。「適切なガバナンスの仕組みを整え、透明性・公正性を高めるとともにリスクマネジメントを強化」するという目標を掲げた。

エージーピー社内でも社外取締役を中心として、ガバナンスに関する議論が始まっていく。その流れを象徴するのが同社の取締役体制だ。

筆頭株主のJALは強く反発したもよう

同社の取締役の大半はJALなど大株主出身者が占めていた。2021年6月時点では取締役7名のうち、JAL出身者が2名、JAT出身者が1名、ANA出身者が1名と株主側が4名。一方、プロパーは2名、社外取締役に至っては1名のみだった。

それが、2022年6月には社外取締役がもう1名指名された。これまで株主側4名、プロパー&社外取締役3名だった取締役会の構図が4:4で同数になった。そして最も大きかった変化が2023年6月にプロパーの竹山哲也氏が取締役に就任したことだ。これによって、プロパー側&社外取締役が5名と、株主側4名を逆転した。

当時、竹山氏の選任案に対して、筆頭株主のJALは強く反発したもよう。取締役会でプロパー側と株主側の均衡が崩れてしまうためだ。竹山氏は経営企画畑を長く歩んできた。現在、54歳とプロパー取締役の中では最年少で、いずれ社長に就く有力人物とみられている。

だがJATやANA出身の取締役から賛同を得ることはできず、竹山氏の取締役選任案を否決することはできなかった。結果、2023年6月の株主総会で竹山氏は98%を超える賛成率で取締役に就任した。

こうした構造変化が、今年4月の同社初のプロパー社長誕生につながったと関係者は見る。

実は、JAL側は2023年の竹山氏の取締役選任案だけでなく、今年4月の大貫氏の社長続投も求めていたようだ。エージーピーの社長はJALにとって有力な「天下りポスト」だ。プロパー社長の誕生はこのポストを失うことを意味する。

1985年に日本航空へ入社し、2021年からエージーピー社長を務めていた大貫哲也氏(撮影:梅谷秀司)

大貫前社長は1985年にJALに入社し、企画畑を歩む。経営破綻直後の2010年12月には執行役員に昇格。ジェイエア社長やJALの路線統括本部の国際路線事業本部長などを歴任した。「まじめで仕事ができる。経営破綻前ならもっと出世をしていたタイプだろう」とJALのOBは語る。

JALはこうした人材を処遇するために、関連会社のエージーピー社長というポストを活用してきたとみられる。

空港施設の社長解任劇が影響

だが今回、JAL側は最終的にはそのポストを失うことになる杉田社長の選任案をのまざるをえなかった。背景にあるのは、2023年6月、空港施設の株主総会で起きた社長解任劇だ。

JAL出身者の乘田俊明元社長の再任案にANAだけではなくJALも反対票を投じ、再任が否決された。空港施設では2022年12月に元国交省事務次官が国交省OBの同社元副社長を社長に昇格するように求めたことが明るみに出た。乘田氏の解任はその直後の出来事だった。

JALは当時、株主総会で反対票を投じた理由を明らかにしておらず、同社のグループガバナンスに対する姿勢が大きな社会問題となった。

そのため、「JALは今年の株主総会で社長の選任に否決を投じるような手荒なことはしないだろう」と関係者はみる。

しかし、プロパー社長就任で今後エージーピーが独立した経営ができるかというと、まだ安心はできない。スタンダード市場維持に向けた最後の戦いはまだ終わっていないのだ。

先述した通り、エージーピーの株は、JAL(29.97%)を筆頭に、JAT(23.72%)、ANA(18.44%)と大株主3社が合計で72%の株を握っている。

このため、エージーピーは東証スタンダード市場が求める上場維持基準のうち、流通株式比率の基準に抵触しているのだ。流通株式比率が25%以上必要だが、2023年3月末時点では21%だった。

エージーピーは上場を維持するため、大株主3社に働きかけ、2022年以降、保有比率の引き下げを行ってきた。直近の大量保有報告書の提出によって、JALが3.3%、JATが3.0%、ANAが1.5%の株式を売却した(2022~2023年)ことがわかっている。

上場を維持できるかどうかはJAL次第

ただ、2023年2月を最後に売却が行われておらず、依然として流通株式比率は満たしていない。JALが目下、エージーピー株式の処遇について社内で議論をしているため、株式売却が止まっているもようだ。つまり、エージーピーが上場を維持できるかどうかはJAL次第になっている。

「JALUXの件もあることから、このまま株式売却をせずに上場廃止にするのではないか」。業界関係者からはこのような観測も出ている。JALは2022年に持ち分法適用会社のJALUXをTOB(株式公開買い付け)により子会社化し、JALUXは上場廃止となった。

東洋経済は大株主3社に株式売却の方針について聞いたところ、各社からは次のような回答を得た。

「大株主として上場維持を目指していることは十分に認識をしている」(JAL)

「現時点でさらなる売却予定はないが、今後とも経済合理性を勘案したうえで必要に応じて協力する」(JAT)

「現時点で今後の具体的な対応は決めていない。上場維持を目指すことに協力する方針で売却を進めており、流通株式比率の状況を見ながら適切に対応する」(ANAHD)

JATとANAの回答には「協力する」といった文言が含まれているものの、JALは「認識をしている」と言った回答にとどめた。

エージーピーは上場を維持することができるか(撮影:梅谷秀司)

エージーピーに上場方針について聞くと、「株式上場を維持することを通じて、資金調達力の維持、優秀な人材の獲得、管理体制の充実を図り、新たな成長事業の創出を実現していきたい」と上場を堅持する方針を明らかにしている。

上場維持へ残された2つの方法

エージーピーが上場を維持するために残された方法は2つある。1つ目が大株主との株式売却交渉を進めることだが、これは先述した通り大株主、中でも株式売却の方針を明らかにしていないJALが応じるか次第だ。

もう1つが増資による希薄化だ。個人株主などに向けて株式を発行し資金調達をすれば、既存株主の保有株式比率は低下する。ただ、大株主らの価値毀損も招きかねない増資の賛同を得ることは容易ではないだろう。

はたしてエージーピーは、2026年3月末までに流通株式比率を25%まで高めることができるのか。上場維持に向けたエージーピーの大株主との交渉は大詰めを迎えている。

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