アメリカ大統領選挙で政権が交代した場合の、エネルギー・環境政策への影響を検証した。

大統領復帰を目指すトランプ氏。環境・エネルギー政策の大規模な見直しも公言している(写真:AP/アフロ)アメリカ大統領選の行方が注目を集めている。とくにエネルギー・環境政策については、バイデン現大統領の再選またはトランプ前大統領の返り咲きのどちらかによって方向性は異なり、世界に及ぼす影響は大きいと見られている。トランプ氏が勝利した場合、石油・ガスへの投資が増え、電気自動車(EV)の普及は遅れることになるのか。電力などのクリーン化はどうなるのか。2回シリーズで解説する。前編となる今回は、エネルギー全般にわたる論点を取り上げ、バイデン、トランプ両者の違いについて整理・解説する。後編は、クリーン化への動きが急な電力に焦点を当てて解説する。

※本記事は2024年4月11日6:00まで無料で全文をご覧いただけます。それ以降は有料会員限定となります。

バイデン政権は「環境重視」   

まず、バイデン政権のエネルギー・環境政策を概観する。バイデン政権は環境重視、クリーンエネルギーの推進、化石燃料の減少などを公約しており、実現に向けて邁進しているように見える。

まず、石油・ガスの規制について見てみたい。化石燃料に対する歴代の政権の姿勢は、連邦政府が所有する土地やオフショア(洋上)における掘削用リースの許認可に現れるとされる。

バイデン政権の下では2023年12月にオフショアリースの5カ年計画案(2024~2029年)が公表されたが、史上最少となる3カ所にとどまった。従来は11カ所以上が認められていた。さらに2024年2月には、LNG輸出の許認可にかかる審査を中断すると発表した。

ガス・石炭火力発電の二酸化炭素(CO2)排出に関しては、2023年5月にCCS設備(CO2の回収・貯留設備)の設置または水素などのクリーンな燃料使用に限って運転を認める案を提示しており、2024年5月頃に決まる予定である。

また、油田・ガス田から漏出する温暖化係数の高いメタンや有害物質を大規模に削減する案を、 2023年12月にCOP28(第28回気候変動枠組条約締約国会議)の場で公表している。既存設備を含む点が画期的だと評価されている。

自動車のCO2排出規制については2024年3月、普通乗用車に関してCO2排出量を2032年までに49%削減する最終案が公表された。

クリーン設備導入はバイデン政権の目玉である。2022年8月にインフレ抑制法(IRA:Inflation Reduction Act)が施行され、EV、再エネ、蓄電設備(バッテリー/ストレージ)を主とするクリーン設備の導入を促すため、優遇税制の適用を主として3700億ドルが予算計上された。

 

こうした例を見ない大胆な政策により、世界からアメリカに投資が集まっている。2024年3月現在、IRAに基づいて認定された新事業数は292、投資額は1179億ドルに達し、雇用創出効果は約10万2000人と見積もられている(上表)。

トランプ氏はバイデン政策をことごとく否定

一方、トランプ氏は石油・ガス開発支援の強化 、クリーン設備支援廃止を唱えており、バイデン政権の政策とは真逆と言っていい。トランプ氏は選挙演説で、「ホワイトハウス入り初日にバイデンのグリーンニューディールを止める。パリ協定から離脱する」と述べている。パリ協定からの離脱は世界に大きな混乱をもたらすことになる。

アメリカの著名なシンクタンクであるエナジーイノベーションは、トランプ氏の政策が実施された場合、脱炭素化のペースはバイデン氏の政策と比べて半分に低下すると試算している。

国内総生産(GDP)で世界最大規模を誇り、中国とともに温室効果ガスの2大排出国の一つであるアメリカで、トランプ氏が大統領となってその政策が同氏の主張通りに実行された場合、その影響はきわめて大きい。

トランプ氏の親化石燃料、反クリーンエネルギーの背景には、石油、ガス、石炭などの国内資源を利用してエネルギーの自給率を高め、既存産業とその雇用を守るという思想がある。また、地球温暖化の科学的根拠に疑問を呈し、クリーン産業の普及を阻もうと考えている。

そして政権への返り咲きを狙う今回の選挙戦での特徴は、特に自動車に焦点を当てていることにある。EV推進は、内燃機関自動車の減少を招き、雇用に大きな影響を与える、それはバッテリーの部材と技術を牛耳る中国を利することとなり、安全保障上の大問題だ、とする。中国はEV完成車においても世界を席巻する勢いである。

このように両者の政策は真逆のように見えるが、実際はイメージほどの差はないとの指摘もある。

バイデン政権は、実際は石油・ガス産業にも配慮しており、環境派の怒りを買っている。

長年論争の的であったアラスカ州ノース・スロープでの石油開発を、バイデン政権は2023年5月に認めた。また、2023年のアメリカの原油生産量は日量130万バレルと、史上最大を記録している。

LNG(液化天然ガス)輸出基地の開発・操業も多く認めている。

アメリカのLNG輸出は2016年から始まったが、現在8つの基地が稼働し、世界最大の輸出量を誇る。欧州連合(EU)のLNG輸入に占めるアメリカのシェアは2023年1~9月累計で約45%を記録した。

 

また、現在、4基地が建設中であり、2桁の数の建設計画が存在する。ルイジアナ州などメキシコ湾岸に多くの計画があり、世界の新規開発計画の3分の1を占めるとの指摘もある。

LNG基地の建設について、環境重視派や漁業者など地元関係者の危機意識は強い。その一方で、化学産業などは輸出増で国内ガス価格が高騰すると懸念する。メタン漏洩などによる環境への影響は石炭よりも大きいとの試算もある。バイデン政権が輸出審査を中断した理由もここにある。

他方、化石燃料業界は、EUのエネルギー不足を支援したり、開発途上国の石炭使用を代替する効果があるとして、天然ガスの輸出規制に反発している。

政権の方針変更でEV政策の差は縮小

今回の選挙で、最大の論争点となっているのが、EV推進を巡る判断である。

バイデン政権は、EVを脱炭素化の切り札と位置付けている。IRAを通じて購入・供給ともに強力な支援策を用意し、厳しい排出規制を導入。EVへの誘導を図っている。

他方、トランプ氏は、EVやバッテリーで先行する中国を利する、雇用を減らすとしてIRAを強く批判している。

しかし、バイデン氏は規制に柔軟性を持たせ、メーカーや全米自動車労働組合(UAW)などの労組に歩み寄りを見せている。

アメリカ環境保護庁(EPA)は、2030年までに排出半減、2032年までに新車販売におけるEV比率を67%とする規制案を2023年3月に打ち出した。しかし前出したように2024年3月20日に示された最終案では、排出半減時期を2032年まで延期し、プラグインハイブリッド車(PHV)やハイブリッド車(HV)を含む電動車については排出削減目標を30~56%に緩和した。

EV販売が予想よりも伸びない中、自動車メーカーや雇用の減少を懸念するUAWから規制柔軟化への強い要請もあった。最終案は一定の評価を得ており、UAWは改めてバイデン支持を表明した。

このように、最大の論争点であるEV推進に関して、バイデン、トランプ両者の違いは小さくなってきている。

トランプ氏は「グリーンニューディールを止める」としており、IRAを「国費の浪費、インフレの元凶だ」と批判している。しかしIRAは、新規事業、投資額、雇用などで大きな成果を挙げつつある。

IRAには原子力、CCS、バイオマスなど、トランプ氏が評価する項目もある。また、すでにEVなどでは中国を排除する内容となっている。

政治的にもIRAの廃止は容易ではない。トランプ氏率いる共和党が議会で過半数を占められるのか、IRAの恩恵を受ける州政府を説得できるかという問題がある。

最初の表で示したように、IRAに基づき事業が多く認定されている州は、ジョージア、サウスカロライナ、ミシガンなど共和党が政権を握っている州がほとんどだ。

バイデン氏は「私はアメリカの大統領だ。(優遇措置が)どこに適用されるかには関心はない」と気にしないそぶりを見せる。このようなことからもIRAの廃止は難しい。トランプ氏が政権に返り咲いても、運用を厳しくする、手続きを遅らせるにとどまるとの見方が多い。

石油・ガスへの積極支援は有効なのか?

トランプ氏は、「ドリル・ベイビー・ドリル」 (掘って掘って掘りまくれ)のキャッチコピーの下で、石油・ガス開発を積極的に支援するだろう。しかし、実際に開発が進むのか、利用が増えるかは不透明だ。

資材・労務コストや金利が高止まるなかで、最近の原油価格の下落傾向(2022年8月の1バレル110~120ドル→2024年3月の80~85ドル)を受けて、石油開発は滞っている。

LNG開発についても不透明だ。LNG輸出による「EU支援」は限界に近付いている。すでにアメリカ依存度が45%に達している中で、EUでは調達先を分散化すべきとの意見が強まっている。

中東産原油に依存していたトランプ政権第1期と、世界最大の産油国、LNG輸出国となった現在では、アメリカの状況は異なる。トランプ氏の警戒の対象は中東や石油ではなく、クリーン技術や中国に移っている。

EV、バッテリー、太陽光パネルで圧倒的な存在感を見せる中国に対抗し、アメリカではクリーン技術の国内整備が焦点となっている。

EVは最近こそ販売が鈍化しているが、中長期的には主役になるとの見方が一般的だ。今は「プラグ・ベイビー・プラグ」 (自動車をどんどんコンセントにつなげ)の時代であるとの主張も出てきている。バイデン政権はEVの国産化を目指している。

このようにバイデン、トランプ両氏のエネルギー政策は真逆に見える一方、似通った点もある。ただ、トランプ氏が政権に復帰した場合、政策転換は避けられず、混乱も必至だろう。

他方、電力をはじめとしてエネルギーシステムの多くが自由化されている中で、価格メカニズムや消費者の志向にあらがってまで、政策を後戻りさせる力があるかは疑問である。

トランプ氏は第1期政権時に石炭産業への支援に注力したが、うまくいかなかった。同政権時にガス火力発電や再エネが伸びた反面、石炭火力発電は減少し続けた。

最近でも、IRA成立以前から、新たな電力設備の導入では再エネや蓄電池が主力となっている。価格が低下し、提供するサービスの価値が上がり、競争力が高まったためだ。電力分野における動向は、後編で詳しく考察する。

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